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21年前に味わってしまったあの絶望と空虚『オール・アイズ・オン・ミー』

今猛烈に寂しい。21年前に味わってしまったあの絶望と空虚をまた感じている。トゥパック・シャクールがこの世に居ないなんて。会った事もない人なので、その存在が無くなった事を感じる事など、絶対にない筈なのに。トゥパックが出ていた『Juice / ジュース (1992)』も『Above the Rim / ビート・オブ・ダンク (1994)』も『Poetic Justice / ポエティック・ジャスティス/愛するということ (1993)』も大好きで死ぬほど観たし、2パックのアルバムも死ぬほど繰り返し聞いた。それでも雲の上の存在の人。そんなトゥパックの最期がショックで衝撃的で絶望的だった。「トゥパックが撃たれた」あの日の事を私は忘れる事が出来ない。

ブラックパンサー党員でアフェニ・シャクールの後輩であるドルーバ・ビン・ワハドが90年代ネルソン・マンデラをハーレムに迎えた時の演説から始まる。ドルーバは「我々は戦う事を諦めない!」と連呼し、人々を鼓舞する。1995年、トゥパック(デメトリアス・シップ・ジュニア)は刑務所の中にいた。そこでインタビューに答え、トゥパックは自分の人生を振り返っていくのだった...

トゥパックの人生...それはたった25年という短いものであった。しかもエンターテイナーとしてのキャリアは、1991年にシングルデビューしてから1996年に亡くなるまでと、たった5年間である。しかしその5年の間に、我々を今でも寂しい思いにさせる程、我々にとんでもなく巨大な何かを残して去ってしまった。彼の生きざまは、彼のラップや映画の中に大いに反映され、人々の心に残った。そんなトゥパックがレコーディングに掛ける姿勢もこの映画の中では少し触れられている。あのエネルギッシュさ故に、トゥパックは何十年も生存説が存在した所以なのだ(今でも生存説を信じている者もいる)。6月16日生まれのトゥパックは、双子座らしい二面性を持っていたといつも思う。「Dear Mama」や「Brenda's Got a Baby」のような女性を最大限に敬う曲を作っておきながら、「All Bout U」や「Skandalouz」のようなエロい女性軽視な曲も作る。だからこそ私は好きだった。全く裏表のない人で、率直。だからこそ、私は彼の言葉に耳を傾けた。凄い頭の良さを見せる発言をしておきながら、いきなりぶちキレる。人間そのもの。この映画でも冷静沈着で頭の切れるトゥパックが、どうしてあのような最期を迎える事になるのかまでが、割と分かりやすく描かれていた。頭の良かったトゥパックの最大のミスが、手に取るように分かった。シュグ・ナイトには何も言わずに嘘でもついて決別するべきだったのだ。

しかしやはりこの映画のトゥパックには、熱いトゥパックが欠如していた。何をしでかすか分からない、突然火がつくあの感じ。あの危険な感じはまるでしなかった。そしてやっぱり絶望的な程にトゥパックのあの圧倒的なカリスマを感じる事はなかった。映画『ジュース』の再現は面白かったけれど、あのシーンの本物のトゥパックが凄すぎで衝撃的だったので、再現シーンの力不足を見てやっぱり「これトゥパックじゃない」と確信してしまった。『Next Day Air / 日本未公開 (2009)』のベニー・ブーム監督にしては頑張ったと思う。けれど、やっぱり描き方が雑で、全体的に上手くまとまってない。監督の才気がみなぎるワンショットという映画のお楽しみもなかった。それらによって劇場映画というよりTV映画の雰囲気を持ってしまった。

映画は賛否両論。というか、残念ながら否の方が多い。トゥパックの親友で映画でもその友情が描かれたジェイダ・ピンケット=スミスをはじめとする人たちやファンが映画を痛烈に批判している。確かに映画は良くない。あのトゥパックの映画が出来るならば、もっと技術に定評がある監督と俳優に作ってもらいたかったというのが本音だ。そしてトゥパックはそれに値する人物であった。トゥパックが演じるトゥパックの『オール・アイズ・オン・ミー』が観たかったと見終えた後に一番に思った事だ。もう新しいトゥパックが観れないなんて猛烈に寂しい。そうやってこの映画は21年前に味わったあの絶望と空虚感を呼び起こしてくる。トゥパックが我々に残してくれた大事な曲や映画に手が伸びる。やっぱり私はあのトゥパックの才能を愛していたのだと、この何とも言えない凡作を観て痛烈に感じたのだ。

All Eyez on Me / オール・アイズ・オン・ミー (2017)(3.5点:1560本目)