SOUL * BLACK MOVIE * ブラックムービー

ブラックムービー、ブラックスプロイテーションなどについて


*10/15/2018に「ブラックムービー ガイド」本が発売になりました!よろしくお願いします。(10/15/18)

*Cinemoreにて『大逆転』(83)についてを寄稿。(7/17/19)
*Cinemoreにて『星の王子ニューヨークへ行く』(88)についてを寄稿。(7/6/19)
*Cinemoreにて『スタンド・バイ・ミー』(86)についてを寄稿。(7/2/19)
*サイゾー 7月号にて『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』についてコメント出しております。(6/18/19)
*Cinemoreにて『シャフト』(2000年)についてを寄稿。(6/26/19)
*映画秘宝 7月号にてジョン・シングルトン追悼記事を寄稿。(5/22/19)
*ENGLISH JOURNAL (イングリッシュジャーナル) 6月号にて「ブラックムービーとアカデミー賞」の記事を寄稿。(5/7/19)
*ユリイカ5月号のスパイク・リー特集にて2本の記事を寄稿。(4/27/19)
*映画秘宝 6月号の「サノスの倒し方大全!」特集でサノスの倒し方を寄稿。(4/20/19)
*Fridayデジタルにて「激ヤバで面白い『ブラック・クランズマン』はトランプへの挑戦状!」というコラムを寄稿。(3/20/19)
*映画秘宝 5月号にてブラックムービー、スパイク・リー、『ブラック・クランズマン』、『ヘイト・ユー・ギブ』を寄稿。(3/20/19)
*映画秘宝 4月号にて『ビール・ストリートの恋人たち』&『グリーンブック』レビューを寄稿。(2/21/19)
*DU BOOKS 「ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix」に『親愛なる白人様』について寄稿。(1/25/19)
*映画秘宝 3月号秘宝ベスト&トホホ10&ドラマ・オブ・ザ・イヤー2018に参加。(1/21/19)
*リアルサウンドにて「ブラックムービーの今」というコラムを寄稿。(1/3/19)
*『ブラック・クランズマン』マスコミ向け試写会用プレスにスパイク・リーについて寄稿。(12/19/18)
過去記事

Rafiki / ラフィキ:ふたりの夢 (2018) 1713本目

映画で世界発信して戦う監督ワヌリ・カヒウ『ラフィキ:ふたりの夢』

ケニア生まれのワヌリ・カヒウ。アフリカ映画の父ウスマン・センベーヌ監督の魂ががケニアに再び参上?それともスパイク・リーのアフリカ版なのか... 何が書きたいのかというと、ワヌリ・カヒウは映画を駆使した反逆者であり戦う人ということだ。ケニアの首都ナイロビにてワヌリ・カヒウは産まれた。母が医者で父がビジネスマン、おばは有名な女優でおじは彫刻家という、比較的に恵まれた環境だったのではないか?と想像する。イギリスの名門大学で経営科学科の学位を取った後に、カリフォルニア大ロサンジェルス校で芸術の修士を取得。その後に、F・ゲイリー・グレイ監督の『The Italian Job / ミニミニ大作戦 (2003)』や南アフリカが舞台のハリウッド映画『Catch a Fire / 輝く夜明けに向かって (2006)』などに携わったという(ここまでウィキ頼り)。Owen Alik Shahadah監督&MK・アサンテ脚本の奴隷の歴史を追うドキュメンタリー映画500 Years Later / 日本未公開 (2005)』では、カメラや協力プロデューサーを担当している。彼女の作品『From a Whisper / さよならを言いたくて (2009)』と『Pumzi / プンジ (2009)』は、日本でも2010年のシネマ・アフリカで上映している。ところで、なぜ私はワヌリ・カヒウを戦う映画監督と書いたかというと、この映画は本国ケニアで上映禁止となった。正式出展するだけで難しいカンヌ映画祭に出展し、他の映画祭では数々の賞を受賞している作品なので、映画制作数の少ないケニアにとって、この作品がアカデミー賞外国部門に出展するのが相応しいが、それも、もちろん拒まれた。なぜか?ケニアでは禁止されている同性愛を描いた作品だったからだ。

ナイロビの街を颯爽とスケートボードで駆け巡るケナ(サマンサ・ムガシア)。親友のブラックスタ(ネヴィル・ミサティ)は近所の女とやっていたので、わざと外からブラックスタの名前を呼んでみた。ブラックスタの連れと3人で近所の飲食店の前でトランプ賭けをしているが、さっきブラックスタとやっていた女の態度が明らかに悪い。その近くでキャピキャピと遊んでいる女の子3人組が居た。その中の1人、ジキ(シェイラ・ムニヴァ)に目が行くケナ。ケナは母と住んでいるが、父のコンビニを手伝いながら、医療系の学校の合否を待っていた。父は近くある選挙に立候補しており、牧師で知名度があるジキの父がライバルだった。ふとしたきっかけでケナとジキは会話をするようになり、そして2人は恋に落ちていく...

とても良く出来たストーリーである。単純な同性愛者を描いた映画とは違う。ケナとジキの描き方が凄く丁寧であるが、ケナの父親とジキの父親の描き方の違いもとても丁寧で上手い。選挙で争うライバルという点で許されない恋…… ロミオとジュリエットのようで、それだけではないのだ。ケナとジキがトラブルになって、2人の親が警察に迎えに来るシーンがある。ジキの両親はすぐに駆け付けるが、ジキの話を聞こうとはしない。ケナの父は中々来ないが、ケナにそっと寄り添い抱きしめる。でも、そんなケナの父も優しいだけではない。彼にも罪深い部分があって、そんな父に翻弄され壊された母を見て育ったので、それがケナの性的嗜好に影響を及ぼしているように見える。でもケナの父は悪い人ではない。でもコンビニ経営者と牧師とでは、人気の違いもあったりで、そういう細かい所が本当にこの映画は上手かった。ケナのセリフであったけれど、「それでもまだお父さんに投票するよ」と。私も投票権があるなら、ケナ父に一票を入れる。あとブラックスタという異性の友達の存在も良い。でも恐らくヘテロのブラックスタには全部は理解出来ない。ブラックスタはケナに対して女性扱いはしていないが、恐らく異性として好きなところが見える。そんな時に近所でゲイだという理由だけでいじめられている男がそっと駆け寄ってくる。でも、ケナにとって一緒にいたいのは、そのゲイの子ではなくてジキである。同性というだけで、ケニアでは一緒には居られない。しかし、ゲイの子の存在は、少しだけケナを強くする。そんな雰囲気をこの映画は上手く描き出している。Njoki Karuのヴォーカルによる曲だったり、全体的におとぎ話のようなピンクがかった絵柄だったりや、綺麗な光だったり...が美しく、この映画のムードを高めていた。

この映画タイトル『ラフィキ』は、スワヒリ語で「友人」だという。ケナとジキの関係は友達ではなく、恋人だ。ではなぜ「友人」というタイトルを付けたのか?それはこの映画を見た人たちが、ケナやジキのような人たちの「友人」のように心に寄り添えるようになることを願って付けたように感じた。

(4.75点:1713本目)
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