『Life, Animated』とドキュメンタリーに拘る監督たち
今回の第89回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた『Life, Animated / ぼくと魔法の言葉たち (2016)』。自閉症の青年は、家族の支援を受けながら、大好きなディズニー映画と共に自立を目指す事を追っているドキュメンタリー映画だ。自閉症の青年の父親がロン・サスカインドというアメリカ経済新聞ウォール・ストリート・ジャーナルのジャーナリストであのピューリッツア賞にも輝いた優秀なジャーナリストという事もあり、その息子の戦いを本にし、自閉症という病気への理解を広める事にも成功した人である。自閉症とその環境のありのままの姿をカメラは抑えていて、青年の明るさとひたむきさ、一方で苦悩とコントロール出来ない感情、そして兄のジレンマがむき出しになっている。そんなサスカインド一家をカメラで追ったのが、ロジャー・ロス・ウィリアムス。『Music by Prudence / 日本未公開 (2010)』で黒人監督として初めてアカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門で受賞に輝いた人物。授賞式で、プロデューサーの女性にマイクを奪われてしまったので、記憶に残っている方もいるかもしれない。
ロジャー・ロス・ウィリアムスは、NY大学を卒業後にテレビ業界で働くようになり、ショート・ドキュメンタリーのプロデュースなどをしていた。その1つがマイケル・ムーアの『TV Nation(マイケル・ムーア 元祖 ! アホでマヌケなアメリカ白人BOX)』というシリーズ。マイケル・ムーアが毎回突撃取材するドキュメントシリーズ。俳優Yaphet Kotto (ヤフェット・コットー)と白人の犯罪者のどちらがNY街でタクシーを捕まえやすか?などのレポートなども行われていた、実にマイケル・ムーアらしいTVシリーズだった。その中のいくつかのセグメントをウィリアムスはプロデュース。1997年、24歳の頃だった。その後もテレビをフィールドにドキュメンタリー番組のプロデュース、そして2003年の30歳の頃に『New York Underground』という作品で監督デビューを果たす。初めてテレビを離れた『Music By Prudence』でオスカーに輝いたのだ。
と、ロジャー・ロス・ウィリアムスのようにドキュメンタリー映画に拘り、カメラを回し続ける監督が何人かいる。
元祖はやはり『Symbiopsychotaxiplasm: Take One / 日本未公開 (1968)』のウィリアム・グリーブスだろう。元々は俳優として映画デビュー。その時に監督に師事して映画作りを学ぶ。しかし、当時は黒人が映画監督になるのも映画監督で食べていくのも難しかった為、カナダに渡って映画制作。その数は300以上。そしてアメリカに戻ってきて、60年代後半に実に実験的なドキュメンタリー『Symbiopsychotaxiplasm: Take One』を撮り完成させた。モハメド・アリを刻々と追った『The Fighters / 日本未公開 (1971)』もドキュメンタリーの名作だ。『Symbiopsychotaxiplasm: Take One』の続編『Symbiopsychotaxiplasm: Take 2 1/2 / 日本未公開 (2005)』が遺作。2015年に惜しくも他界。作品数こそ少ないが、後に影響を与える素晴らしい作品を撮り続けてくれた。いずれ彼の半生がドキュメンタリー映画になる事を願っている。
そしてロジャー・ロス・ウィリアムスの先輩的な人物がスタンリー・ネルソンだろう。『The Black Panthers: Vanguard of the Revolution / 日本未公開 (2015)』や『Freedom Riders / 日本未公開 (2010)』という黒人の歴史を追い続けるドキュメンタリー監督。彼の作品は、アワードで上映された後にアメリカの公共放送サービスPBSで放送される事が多い。『Freedom Riders』はエミー賞を受賞、そして『Black Panthers:Vangard...』の放送時はSNSでも話題になった。ネルソンはオーソドックスながら、非常に重厚感ある上品な作品が多い。そんなネルソンは、ウィリアム・グリーブスに師事し学んでいた。そして天才と認められた人に与えられるマッカーサー・フェロー・プログラムの受賞者でもある。
監督というか、どちらかというとドキュメンタリー映画のプロデューサーとして有名で、元々は映画エディターだったサム・ポラードもその1人。ドキュメンタリー監督としては『Slavery by Another Name / 日本未公開 (2012)』という上質な作品がある。今年のアカデミー賞にもノミネートされているエヴァ・デュヴァネイ監督の『13th / 13th −憲法修正第13条− (2016) (VOD)』のチェイン・ギャングの部分をもっと詳しく描いたドキュメンタリー。描きたかった事は『13th』と同じ。スパイク・リーと組む事が多いスパイク軍のドキュメンタリー担当。
ロジャー・ロス・ウィリアムスに続く人となりそうなのがエズラ・エデルマン。『O.J.: Made in America / 日本未公開 (2016)』にてウィリアムスと共に長編ドキュメンタリー部門にノミネートされている監督だ。母は公民権運動家マリアン・ライト・エデルマン。彼はESPNやHBOなどでスポーツ関係のドキュメンタリーを撮り続け、今回7時間半越えでO・J・シンプソンを追う超大作『O.J.: Made in America』の監督に抜擢されている。しかし、これまでの彼の作品はスポーツ・ドキュメントだったが、次回作のニュースではジョナ・ヒルと共に実在する人物を描くドラマ作品になりそうなので、ドキュメンタリーを撮り続けるという事も無いのかもしれない。
ロジャー・ロス・ウィリアムスやエズラ・エデルマンやエヴァ・デュヴァネイがノミネートされている第89回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー作品5作のうち、4作は黒人監督によるものという快挙を成し遂げている。今回書いていないが、ハイチ出身のラウル・ペック監督による『I Am Not Your Negro / 日本未公開 (2016)』もノミネートされている。オスカーは誰の手に渡るのだろうか?楽しみで仕方がない。
Life, Animated / ぼくと魔法の言葉たち (2016)(1521本目:4.75点)