SOUL * BLACK MOVIE * ブラックムービー

ブラックムービー、ブラックスプロイテーションなどについて


*10/15/2018に「ブラックムービー ガイド」本が発売になりました!よろしくお願いします。(10/15/18)

*映画秘宝 11月号にて、連載(パム・グリア#1)&『キャンディマン』新作&旧作、Sonny Chiba追悼を寄稿。(9/21/21)
*映画秘宝 10月号にて、連載(武道普及)&アイザック・ヘイズ&ロバート・ダウニー・Srを寄稿。(8/20/21)
*映画秘宝 9月号にて、連載(女性アクション映画史)&サブスク便利帳に寄稿。(7/19/21)
*映画秘宝 8月号にて、連載(『Yasuke -ヤスケ-』)&特集の「映画館に行こう!」を寄稿。(6/21/21)
*映画秘宝 7月号にて、連載(DMX追悼)&『ファルコン&ウィンターソルジャー』について寄稿。(5/21/21)
*映画秘宝 6月号にて、連載「Baadasssss Cinema Club」を開始。(4/21/21)
*ミュージック・マガジン 5月号のデイヴィッド・バーン特集にて、「スパイク・リー~闘い続ける映画作家」を寄稿。(4/20/21)
*キネマ旬報 4月下旬号の『21ブリッジ』特集にて、「ブラックムービー史からみる『21ブリッジ』」を寄稿。(4/5/21)
*映画秘宝 5月号にて『21ブリッジ』とチャドウィック・ボーズマン、『星の王子ニューヨークへ行く2』を寄稿。(3/19/21)
*映画秘宝 4月号にてLL・クール・J、『ラスト・フル・メジャー』、『ミナリ』について寄稿しました。(2/21/21)
*映画秘宝 3月号の「ベスト&とほほテン」に参加と『FARGO/ファーゴ』シーズン4について寄稿。(1/21/21)
*駒草出版 WEBにてBLM(ブラック・ライヴズ・マター)を理解するための5本を寄稿。(12/21/20)
*映画秘宝 2月号にて「オールタイム・シスターフッド映画30」と「イケメン女優名鑑BIG5」に寄稿。(12/21/20)
*映画秘宝 1月号にて監督4名について、そして『40歳の解釈: ラダの場合』レビューを寄稿。(11/21/20)
*映画秘宝 12月号にて『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』について寄稿。(10/21/20)
*映画秘宝 11月号にてチャドウィック・ボーズマンの追悼文を寄稿。(9/19/20)
*映画秘宝 10月号にて『サミュエル・L・ジャクソン in ブラック・ヴァンパイア』、『行き止まりの世界に生まれて』について寄稿。(8/21/20)
*映画秘宝 9月号にて『ザ・ファイブ・ブラッズ』レビュー&キャスト、最新ブラックムービー&ドラマ10選、ブルース・リー『Be Water』レビューを寄稿。(7/21/20)
*ミュージック・マガジン 8月号「ブラック・ライヴズ・マター」特集の「映画ガイド」にて29作選出、11作を解説を寄稿。(7/20/20)
*FRIDAYデジタルにて「映画が描いてきた「Black Lives Matter」の深層」というコラムを寄稿。(6/18/20)
過去記事

マヤ・アンジェロウ

詩人・作家・映画監督・女優であるマヤ・アンジェロウが5月28日ノースカロライナの自宅で他界した。86歳だった。死因はまだ明らかにされていないが、介護人が朝死亡しているのを発見した。最近は体調を崩し講演をキャンセルする事もあったとの事。映画ではゲスト出演的に出演する事が多かったが、監督としてはウェズリー・スナイプスアルフレ・ウッダード主演の「Down in the Delta / 日本未公開 (1998)」を制作している。

安らかに。

Legendary author Maya Angelou dies at age 86 - CNN

(後でもうちょっと書き足します!)→以降書き足し

ミズーリー州セントルイスで生まれたマヤ・アンジェロウ。「マヤ」という名前は兄からのニックネームだった。アンジェロウが小さい頃に両親は離婚。父方のお婆ちゃんがいるアーカンソー州の小さな町に兄と2人だけで行かされ、そこにしばらく住んだ。しかし数年後に父親が突然やってきて、また母と父とセントルイスで住むことになったが、その頃に母親のボーイフレンドに性的暴力を受けた。そのボーイフレンドは刑務所行きになったが、たった1日だけだった。しかし出所後に殺されている(アンジェロウのおじが殺したとの見解)。それと同時に言葉が発せなくなった。またアーカンソーのお婆ちゃんの所に戻り、知り合いの勧めで本を読むようになり、言葉も戻るようになった。14歳でカリフォルニアのオークランドに移住。カリフォルニア労働学校にてダンスと演劇の奨学金を貰いながら、サンフランシスコの路面電車の運転手となり、それは黒人女性として初の事であった。しかしその頃の生活は荒れていたようで、17歳にて息子を出産。23歳ごろにギリシャ人のトッシュ・アンジェロと結婚。彼の名前を変えて芸名を「マヤ・アンジェロウ」となった。そのちょっと前にあの有名ダンサーのアルビン・エイリーと出会いリタという芸名で「アル&リタ」というグループを組んでいた。アンジェロとの結婚も3年で終わり、その頃にはカリプソのアルバムを発表している。オフブロードウェイで自分で作曲した曲に踊る形で舞台に立っていた。その頃にであった作家の進めで、書くことを進められて、ハーレムライターズ協会に加入。公民権運動やアフリカのアパルトヘイト廃止運動に携わるようになり、南アフリカの活動家Vusumzi Makeに出会い、エジプトで生活。2人の関係が終わると息子と共にガーナで生活を始め、大学に通い、そしてガーナの新聞にも記事を書くようになった。1969年に自伝「I Know Why the Caged Bird Sings(歌え、翔べない鳥たちよ)」を出版。出版まで至ったのは、友人として仲をはぐくんでいたジェームス・ボールドウィンからの導きだった。1972年にはスウェーデンを舞台にした映画「Georgia, Georgia / 日本未公開 (1972)」の脚本を担当し、当時殆どいなかった黒人女性の映画脚本家となった。伝説となった「Roots / ルーツ (1977) (TV)」にも出演し、クンタ・キンテの祖母を演じている。そして我々の年代だと、彼女の詩がたっぷり使われ、そしてゲスト出演している「Poetic Justice / ポエティック・ジャスティス/愛するということ (1993)」が一番有名であろう。そしてビル・クリントンの大統領就任式では詩を詠んだ。1998年には「Down in the Delta / 日本未公開 (1998)」にて70歳で長編監督デビューもした。
まさに驚くべき女性(Phenomenal Woman)であったマヤ・アンジェロウ。安らかに。