That's who I am

「80年代を代表するスーパースター、エディ・マーフィ」と、書いてしまうと、かなり雑だなと最近は感じるようになった。確かに80年代を代表するが、それだけじゃない。確かにキャリアが落ち込んだ時はあったかもしれないが、不死鳥のようにまた飛び上がってくる、それがエディ。私にとっても、エディはスーパースターだった。それこそ、最初に黒人だと意識してスクリーンで観たのが、エディだった。中学時代にロードショーとかスクリーンといった映画雑誌を買っていたが、エディは付録となった唯一の黒人スーパースター。今でも覚えているし、実は今でも持っている。家のどこかの段ボールで眠っている筈。何十回も引っ越しを繰り返してきたが、捨てられない思い出。エディが出ているからと、観に出かけた『The Golden Child / ゴールデン・チャイルド (1986)』。意味が分からなかったが、エディがこういう作品の主役を張れるスーパースターなのは分かった。
ずっと賃貸だったエディ・マーフィが、ロサンゼルスに豪邸を建てた。その豪邸でリラックスしたエディが自分の人生観やキャリアを語っていく。
かなり幼少の頃から、コメディアンになって18歳にはスーパースターになってみせる、と決めていたエディ・マーフィ。それこそ私が映画雑誌を買い始めた同じ年頃に、そのような意志が既にあったのである。そして、見事... 18歳とはいかなかったが、19歳には文字通りスーパースターになっていた。かなりの早熟であった。なのに早熟ゆえの過ちみたいのもなかった。元の性格にもあるのだろう。そして家族に恵まれている。義父も良い人だった。法的トラブルに巻き込まれて、作品が駄目になるみたいな迷惑行為はなかった。30代半ばで一度だけスキャンダルがあったが、今回はもちろん触れられていない。自宅まで披露したエディ・マーフィの意のままにドキュメンタリーが進んでいく。本作は、エディの思うままではあるが、自分ではないことには赤裸々に語っている。あまり自分の感情を見せないエディだが、兄チャーリー・マーフィについては少しだけ感情的になっている。若くしてスターになっただけに、自分の全てをさらけ出してしまう恐怖を一番分かっているのかもしれない。その兄チャーリーが、エディにとっての「ブラザーズ・キーパー」。チャーリーは、小さい頃からエディを守ってきた。「エディのジョークで笑わない奴は殴ってやる!」という勢いで兄としてエディの楯となった。
面白いコメディアンになるために、最初は物真似をずっと続けて、少しずつ自分のコメディを出していくようにしていたと語っていた。物真似は今でも一番かと思うほどに上手い。前に兄チャーリーがデイヴ・シャペルの番組でリック・ジェームズやプリンスとの思い出話を面白おかしく語っていたが、エディの思い出話も最高だ。特に、ジェームズ・ブラウンのお金の話、ジェシー・ジャクソンの勘違いなど、物真似を交えて話す姿は、やっぱり骨の髄からコメディアンだと感じる。ただ腹話術は下手ぽい。小さい頃からやっているし、物真似は上手いので上手くなる可能性はある。本作では、本気を出してないのかもしれない。そして、エディはあまり人種問題に積極的ではないように思えたが、『Boomerang / ブーメラン (1992)』が黒人ばかりだと批判された時に、『Boyz N The Hood / ボーイズ’ン・ザ・フッド (1991)』を使った言い返しはとても納得できる話だった。そしてやはりオスカーを取れなかったことが悔しいのだろうなとは感じた。『Dreamgirls / ドリームガールズ (2006)』と『Dolemite Is My Name / ルディ・レイ・ムーア (2019)』で取るべきだったと私も思う。
だがしかし、オスカーが無くなって、エディはスーパースターであることは変わらない。これからもまだまだチャンスはある。エディはまだ私達の前で全ては晒しだしていない。他にもスーパースターの面白話もまだたくさんあるのを知っているし、とにかくエディはまだまだこれからなのである。また飛び上がってチャンスを狙うのがエディなのだ。
(3.75点/5点満点中)
Being Eddie / エディ・マーフィ (2025)