SOUL * BLACK MOVIE * ブラックムービー

ブラックムービー、ブラックスプロイテーションなどについて


*10/15/2018に「ブラックムービー ガイド」本が発売になりました!よろしくお願いします。(10/15/18)

*奈緒さん&風間俊介さん出演の舞台『恭しき娼婦』のパンフレットに寄稿。(6/4/22)
*TOCANA配給『KKKをぶっ飛ばせ!』のパンフレットに寄稿。(4/22/22)
*スターチャンネルEX『スモール・アックス』オフィシャルサイトに解説を寄稿。(3/29/22)
*映画秘宝 5月号にて、連載(終)&最後のサイテー映画2022を寄稿。(3/21/22)
*「This is Charles Burnett チャールズ・バーネット セレクション vol.1」にコメントを寄稿。(3/19/22)
*キネマ旬報 3月上旬号の『ドリームプラン』特集にて、ウィル・スミスについてのコラムを寄稿。(2/19/22)
*映画秘宝 4月号にて、連載&オールタイムベストテン映画を寄稿。(2/21/22)
*映画秘宝 3月号にて、ベスト10に参加。(1/21/22)
*映画秘宝 2月号にて、連載&『レッド・ブレイク』レビューを寄稿。(12/21/21)
*名作映画鑑賞会 in 京都みなみ会館にて上映される『ウォーターメロンマン』についてパンフレットに寄稿。(12/03/21)
*映画秘宝 12月号にて、連載(パム・グリア#2)&メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ&マイケル・K・ウィリアムズ追悼、『リスペクト』、『エターナルズ』のブライアン・タイリー・ヘンリーとローレン・リドルフを寄稿。(10/21/21)
*映画秘宝 11月号にて、連載(パム・グリア#1)&『キャンディマン』新作&旧作、Sonny Chiba追悼を寄稿。(9/21/21)
*映画秘宝 10月号にて、連載(武道普及)&アイザック・ヘイズ&ロバート・ダウニー・Srを寄稿。(8/20/21)
*映画秘宝 9月号にて、連載(女性アクション映画史)&サブスク便利帳に寄稿。(7/19/21)
*映画秘宝 8月号にて、連載(『Yasuke -ヤスケ-』)&特集の「映画館に行こう!」を寄稿。(6/21/21)
*映画秘宝 7月号にて、連載(DMX追悼)&『ファルコン&ウィンターソルジャー』について寄稿。(5/21/21)
*映画秘宝 6月号にて、連載「Baadasssss Cinema Club」を開始。(4/21/21)
*ミュージック・マガジン 5月号のデイヴィッド・バーン特集にて、「スパイク・リー~闘い続ける映画作家」を寄稿。(4/20/21)
*キネマ旬報 4月下旬号の『21ブリッジ』特集にて、「ブラックムービー史からみる『21ブリッジ』」を寄稿。(4/5/21)
*映画秘宝 5月号にて『21ブリッジ』とチャドウィック・ボーズマン、『星の王子ニューヨークへ行く2』を寄稿。(3/19/21)
*映画秘宝 4月号にてLL・クール・J、『ラスト・フル・メジャー』、『ミナリ』について寄稿しました。(2/21/21)
*映画秘宝 3月号の「ベスト&とほほテン」に参加と『FARGO/ファーゴ』シーズン4について寄稿。(1/21/21)
過去記事

The Doctor / 日本未公開 (2013) (TV) 1129本目

NBAが制作したドキュメンタリー。NBA TVにて放送。NBAで「ザ・ドクター」と言えば、ドクターJ事ジュリアス・アーヴィングの事である。その有名過ぎるニックネームの由来や小さい頃のバスケットボールの思い出や家族の事、そしてNBAに入る前のABA時代の頃の事、引退、引退後、そして今63歳のドクターJの姿が本人や友人にチームメイトによって語られている。

前にも書いた通り、バスケットボールの神は残念ながらこの映画のドクターJではなくて、マイケル・ジョーダンだと私は思っている。ちょっと前のコービー・ブライアント、そして今のレブロン・ジェームスは、とかくマイケル・ジョーダンと比べられる。だからこそ、私はマイケル・ジョーダンこそが神だと思うのだ。そのマイケルだって、チャンピオンシップを制するまでの駆け出しの頃は、このドクターJとかマジック・ジョンソンと比べられていた。でもいつの日からか、それが無くなったのだ。やっと人々はマイケル・ジョーダンマイケル・ジョーダンなのだと認識したのだ。だから、まだマイケルと比較されているコービーもレブロンも、まだまだそれまでなのだ。マイケルと比較されなくなった時、その時こそがマイケルを越した瞬間。なのでマイケルが未だトップ。

そのマイケル・ジョーダンの前のマイケルがこのドクターJだった。ストリート・バスケをプロの世界に持ち込んだ男であり、それまで嫌悪されていたダンクをショーにしてビジネスにした男である。しかもハンサムでクール。そして上品。言わば、今の近代NBAの基礎となったような人である。NBAを見せるショーにした事で、NBAリーグはTV放映権を得て今のようなトップスポーツになった。しかも本人のハンサムでクールなルックスとスポンサーを納得&安心させる上品さで、個人に商品価値を生み、CM権を得て富を得た。まだ黒人がメジャーな商品のCM等に出ていなかった時代だ。しかしドクターJは自分のルーツを忘れてはいなかった。地元ニューヨークのロングアイランドで友人とやっていたバスケット、そしてプロに入る前に参加したハーレムの有名なラッカー・パークでのトーナメント戦にも出場している。ドクターJが出場したラッカー・パークは伝説となっている。大学バスケでは禁止されていたダンクを、ラッカー・パークでは遠慮なくダンクしてみせ、人々を魅了した。そしてまだ時代はNBAとABAに分かれていて、比較的自由なABAに入る。ABAは見世物としてのスポーツという感覚ももっていたので、ダンクが得意なドクターJにはもってこいのリーグだったのだ。そこでは、ヴァージニアのチームで活躍するが、お金がなくなったチームはドクターJを身売り、2年後には地元ニューヨーク・ネッツ(まだABA)に加入した。ABAでは、2度のチャンピオンシップ獲得に、3度のMVPとスコアタイトルを獲得した。選手の給料の高騰やテレビ放映権が取れなかった事でチケットセールスも落ち込み、ABAは経営難に陥って、ABAはドクターJを手放す事になった。

ドクターJは、ようやくNBAのチームであるフィラデルフィア76ersに入団。入団当初から凄まじい活躍を見せる。しかしいつもいい所まで行くが、チャンピオンシップは獲得できずにいた。マジック・ジョンソンにはカリーム・アブドゥル=ジャバー、ラリー・バードにはロバート・パリッシュが居たが、ドクターJには誰も居なかった。そこでチームは、同じABAで活躍していたモーゼス・マローンを獲得。NBAでもようやくチャンピオンシップを獲得したのだった。

ドクターJと言えば、スラムダンクコンテスト。そのコンテストはABA時代の1976年に開催された。その第一回で見せたフリースローからのダンクこそが、ドクターJを伝説とさせたのである。後に、ドクターJが引退後にゲストとして参加したダンクコンテストで、マイケル・ジョーダンが全く同じフリースローからのダンクを見せて優勝したという逸話も凄い。確かにマイケル前のマイケル・ジョーダンなのである。マイケルが持っていて、ドクターJが持っていないのは、オリンピックの金メダル位かな?

さすがに彼を憧れる人は多い。ドクター・ドレのドクターはドクターJから取った。そしてバラク・オバマ大統領の部屋にはドクターJのポスターが飾られていたらしい。確かにアフロを止めた直後の昔の映像は、どことなく若い頃のデンゼル・ワシントンに似ていてハンサム。絵になる男なのだ。

というかさ、サン・アントニオ・スパーズ、おめ!っていう見出しで書きたかったけど、残念ながら第6戦負けたからね。勝つの待ってたのに。でもさ、今のNBA見ていても、完全にドクターJの産物よね。ダンクだけでなく、ベースラインムーブとかも。ドクターJが出てこなかったら、デビット・スターンはあんなにお金儲け出来てなかったよ。足向けて寝るなよ!って事。今のNBAの形を作った一人だよね、確実に!

それでもって、この映画のエンディングが物凄くカッコイイ。感動で震える。現在63歳のドクターJが、フリースローラインに置いてあったボールを掴み、ダンクすべくジャンプする。映像では、ボールがネットに落ちた所までは見せていないが、確実にボールがネットを揺らしたであろうと分かる。63歳でまだダンク出来るって、すげー!超カッコイイ!!

感想やあらすじはこちら

(4.5点/5点満点中:6/12/13:TV放映にて鑑賞)