トレイヴォン・マーティンのアップデート
この前、だいぶ溜めてから書いたので、もうアップデートも平気かな?と思っていたのですが、あれから思っていた以上に話題となっているようなので、アップデート。
トレイヴォン・マーティンの事件自体の詳細はこの前のエントリーをご覧ください。
オバマ大統領がトレイヴォン・マーティンの事件について話す。「彼の両親には特に伝えたい。もし私に息子が居たら、トレイヴォンに似ていただろう。我々アメリカ人全員がこの事件についてもっと真剣に考えなくてはならないと、彼の両親が思って当然の事だと思っております」と述べた。
そして昨夜ツイッターにも書いたのだけど、日本のマスコミがこの事件を単に「白人対黒人」の対立だとまとめている所が多いのが気になる。トレイヴォンを殺したジマーマンはヒスパニック系の白人である。ジマーマンの父は白人とも言わずに「息子はヒスパニックだ」と話している。所謂、クー・クラックス・クランを形成するような白人層とは全く違う。ジマーマンには黒人の友人も少なからず居た。この事件の一番の問題は「ステレオタイプ」である。それは白人だけが持つものだけでなく、我々日本人だって持っているものだ。だからこそ、この事件は複雑で深い。
トレイヴォンはフード帽を被っていた。それがジマーマンに「不審者」だと思われたステレオタイプの原因だとも言われている。そしてニュースアンカーマンのヘラルド・リベラは「黒人やヒスパニックの子供達を持つ両親は、子供にフード帽の洋服を着ないように注意した方がいい。フード帽が今回の事件でとても責任となっている」と語り、多くの黒人ジャーナリスト達がリベラを非難している。ちなみにリベラはヒスパニック。
Geraldo Rivera: Trayvon Martin's 'Hoodie Is As Much Responsible For [His] Death As George Zimmerman' (VIDEO) | HuffPost
問題はフード帽じゃない。ジマーマンの行動に問題があったのだ。キャンディとアイスティしか持っていない少年を散々付けまわし、助けを求めている丸腰の少年を銃で殺したその行為と、なんら対処しない警察こそが問題なのだ。リベラのように黒人やヒスパニックの両親が子供にフード帽を着ないように注意する前に、全両親が勝手なステレオタイプで簡単に銃を持って人を殺してはいけない事を教えるべきなのだ。
だから、3月21日にニューヨークにてトレイヴォンの追悼及び討議の意味を込めて「フーディー・ミリオン・マーチ(フード帽でミリオン行進)」が行われたのだ。
そしてNBAのマイアミ・ヒートの選手達は、23日の試合でトレイヴォンへの追悼と協力の意味意味を込めてをみんなでフード帽を被った。
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黒人専門TVチャンネルのBETでは、月曜日に「Shoot First: The Tragedy of Trayvon Martin」というスペシャル番組を放送予定。
http://www.examiner.com/celebrity-headlines-in-national/bet-announces-news-special-shoot-first-the-tragedy-of-trayvon-martin
アメリカ全国で行進やイベント運動が行われる予定。下のリンクはそのスケジュールがまとめられている。
http://www.eurweb.com/2012/03/nationwide-schedule-of-trayvon-martin-events-and-rallies/
そしてトレイヴォンが殺された時に持っていたというキャンディ「スキトルズ」が注目を集めている。スキトルズは、「テイスト・ザ・レインボウ」というキャッチフレーズで御なじみ。レインボウは様々な色から形成されているので、他民族を象徴しているとも言われ、あのジェシー・ジャクソンの活動機関の名前も「レインボウ・プッシュ」。そのスキトルズの会社も声明を発表。両親や家族に哀悼の意を表明し、このような形で宣伝となってしまった事にとても残念と思うと広報は話している。
Skittles Speaks Out On Trayvon Martin Tragedy | HelloBeautiful
トレイヴォンの悲劇は、今エメット・ティルの再来とも言われている。1955年に起きた悲劇がエメット・ティル。白人女性に口笛を吹いたというだけで、殺されてしまった男の子。同じようにティル少年を殺した犯人達は無罪となっている。しかし何度も書いているように、ティル少年の事件と違うのが、「白人対黒人」という対立ではないという事。このトレイヴォンの事件は人々にある「ステレオタイプ」の恐ろしさを問うている。
あれから57年。このような悲劇は繰り返してはいけない。