史上最強のクールの誕生『Miles Davis : Birth of the Cool』
私は映画のことを書いていて行き詰った時、つい手に取ってしまうのが中山康樹氏の『マイルス・デイヴィス』という講談社新書だ。私のマイルス・デイヴィスの知識は殆どこの本から頂いた。そして、『ビッチェズ・ブリュー』評が大好きなのだ。とにかく熱い。熱狂と愛情しか感じないその評を読めば、確実に『ビッチェズ・ブリュー』を購入してしまうからだ。そして今回のこのドキュメンタリーを観た後、やっぱりこの本が読みたくなって、またチラチラと読んでいる。このドキュメンタリーは、この中山氏の『マイルス・デイヴィス』とほぼ同じだ。違うのは、本は中山氏の愛によって語られ、ドキュメンタリーはマイルスと出会い接した人々の愛によって語られている。
1926年、イリノイ州オルトンでマイルス・デイヴィスは産まれた。すぐにミズーリ州セントルイスに移住。父は歯医者で恵まれた環境で育ったが、両親は喧嘩が絶えなかった。マイルスの13歳の誕生日に、父がトランペットをプレゼントしたが、母はそれを嫌がった。そういう環境でトランペットに出会ったマイルスの人生を追っていく。監督は、『Freedom Riders / 日本未公開 (2010)』にてエミー賞を受賞しているドキュメンタリー映画の鬼才スタンリー・ネルソン。
中山氏の『マイルス・デイヴィス』の帯には「もっともコンパクトなマイルス入門!」と記してある。それをさらにコンパクトにしたドキュメンタリー映画。本と違うのは、実際にマイルスの曲が流れたり、映像が流れたりする点だろう。ドキュメンタリー映画界で一目置かれた存在のスタンリー・ネルソンは、マイルスの遺族からの信頼も厚く、全ての音楽や映像や写真を使うことを許された。なので、未公開映像や写真もたっぷりという贅沢な作品なのである。そしてインタビューを受けた人々も、バンドに居たハービー・ハンコック、ロン・カーター、ウェイン・ショーターなど多数。それだけでなく、恋人・妻だったフランス女優ジュリエット・グレコや、ダンサーのフランシス・テイラーなども語っている。そして、そのフランシス・テイラーと離婚の原因になったのが... クインシー・ジョーンズだったとは(浮気とか不倫って訳じゃないのです)!!ただ、一番辛い時に側にいた女優シシリー・タイソンが、あんまり語られていないのが残念。何なら結婚していたことも飛ばされている位。
このドキュメンタリーの副題は、マイルスのアルバムのタイトルでもある『クールの誕生』。「クール」は冷たいとか冷酷という意味だが、「カッコいい」という意味のスラングでもある。恐らく最も知られたスラングだ。このドキュメンタリーを観ていると、マイルスは非常に気難しく、そして親しくない人には非常に冷酷だ。そして、恋をすると割りとその人色に染まる。変化を恐れない。寧ろ変化を楽しんでいる。そうやって変化して、音楽の新しい時代を作っていった。人の生き様として、最もカッコいいと感じてしまった。「クールの誕生」とは、そういうことかもしれない。
(4.5点:1744本目)
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