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Timbuktu / ティンブクトゥ (仮) (2014) 1380本目

もう見たくてタマらん!状態な映画でしたが、映画祭とかばかりで...ね。という事で、DVDになったので早速!モーリタニア出身のアブデラマン・シサコ監督作品で、カンヌ映画祭(1年前の2014年の)で公開され、アカデミー賞の外国語部門にノミネートされた作品。いやぁあああああーーーヽ(=´▽`=)ノ(←テンション高くなっている様子)。
ちなみにカタカナ表記はTimbuktuはトンブクトゥが多いけれど、マリ大使館のホームページではトンプクトゥになっていたので、そちらにしました。日本公開も決まったようで(イエス!!!)、仮タイトルは『ティンブクトゥ』みたいですね。まあ敢えてここではトンプクトゥにしておきます!

砂漠を優雅に走る一頭の鹿。銃声が鳴り響く。そこはマリのトンプクトゥ。アンサール・アッ=ディーンの旗が掲げられているトラックの荷台には、男たちが銃を構えている。そして砂漠に置かれたアフリカ彫刻が、その男たちの銃により無残に壊されている。目隠しされた白人男性が、同じトラックの男たちにどこかに連れていかれた。そして銃を持った男たちは、町で拡声器を持って「今後、タバコと音楽は禁止。女性は靴下と手袋を着用の事!」と色んな言葉で伝えていた。彼等は宗教施設にもズカズカと入り込んでいく。町から離れた砂漠でテント暮らしをしているのがキダン(Ibrahim Ahmed)と妻(Toulou Kiki)と12歳の娘(Walet Mohamed)、そしてキダンの牛を世話する少年イッサン(Mehdi A.G. Mohamed)だった。彼等はGPSと名づけた牛を特に可愛がっていた。そして彼等にも銃の男たちが忍び寄ってきているが、町からは離れているために比較的避ける事が出来た。銃を持ったアブデルケリム(Abel Jafri)と運転手のオマー(Cheik A.G. Emakni)は決まってキダンが居ないときにやってくるのだ。そして町の市場で魚を売る女は、銃を持った男たちに手袋を付けろと言われてた。彼女は「手袋つけて、どうやって魚を売る商売するのさ!そんなに言うなら、手を切っちゃってちょうだい!」と包丁を出した。トンプクトゥの町はどんどんルールが厳しくなり、人々は罰として鞭打ちの刑などされるようになり、窮屈を感じていた。キダンの一家の周りも以前は集落だったが、今はキダン一家のみとなった。ある日、イッサンが川沿いに牛たちを連れていくと、GPSが突然川に入り込み、地元の漁師アマデュウ(Omar Haidara)の網を壊してしまう。アマデュウはGPSを殺してしまう。泣きながらイッサンがキダンに報告すると...

モーリタニア出身のアブデラマン・シサコ監督によりマリを舞台にした作品第2弾。前作のマリの首都を舞台バマコを舞台にした『Bamako / 日本未公開 (2006)』は支離滅裂な作品であったが、そのカオスがたまらなく面白い不思議な作品であった。ぶっ飛んでいるというのがしっくりくる表現かもしれない。しかし、しっかりとマリの状況や問題点を定義しているのが素晴らしい。今回は、『バマコ』とは違ってちゃんとした骨格がある作品。起承転結がちゃんとある。そしてやはりマリの状況や問題点を鋭く描いている。

この映画で好きなのが、アンサール・アッ=ディーン(アンサール・ディーン)を徹底的に叩いている。彼等の矛盾点を実に間抜けに描いているのだ。人々にサッカーや音楽やタバコに姦通を禁止させておきながら、禁止させている方が実はそれに夢中なのだ。人は人を裁く事などできるのか?という事なのだ。特にサッカーのシーンは最高。ボールを持っていない少年たちがエア・サッカーをしているのだ。禁止されても楽しむ術をみんな知っている。鞭で叩かれても歌う少女。運転手兼通訳にバカにされる他の地から来たボス。シサコ監督は、これでもか!と徹底的に叩くのだ。

そして素朴で質素ながら幸せな家族を築いているキダン家族を通して、いきなり占拠し、人々に自分たちの信念を無理に通そうとする悲劇を上手く描いている。キダンは銃を持った男たちに「メッカはあっちだ」と言われる。キダンはそんな事は百も承知なのだ。お前等に言われなくても十分に分かっているのだ。

そして面白い事にシサコ監督は決して残虐な場面は写さない。そんな残虐なシーンを見せられたら、観客は一目瞭然だろう。しかしシサコ監督はその手を使わない。そんなインパクトではなく、観客の想像力と常識を持って考えさせるのだ。これ以上のインパクトはないのだ。

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(5点満点:6/24/15:DVDにて鑑賞)