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The Trials of Muhammad Ali / 日本未公開 (2013) 1221本目

いやー、本当にモハメド・アリドキュメンタリー映画にハズレなし!モハメド・アリの人生のどこをどう切り取っても面白い。この映画では、ベトナム戦争時に徴兵拒否をした所を切り取ったドキュメンタリー。とは言え、そこに至るまでが半分を占めていますが、どうしてアリは徴兵拒否をしたのかが、それで良く分かるようになっている。

この映画では、徴兵拒否をした後にイギリスのトーク番組に衛星中継で参加したアリの映像から始まる。アリは冷静に拒否した理由を語る。そこでデビット・サスカインドという別の番組の司会者は、アリの事を「酷い。不名誉だ。犯罪人だろ!」と罵倒する。しかし次の場面では当時のアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュから「メダル・オブ・フリーダム」を授与されるアリの映像に切り替わる。この冒頭のシーンだけでも十分に伝わる。徴兵拒否で散々言われたアリだったが、歴史に名を刻んだのはその罵倒したサスカインドという司会者ではなく、アリだったのだ。

しかしインタビューを受けた(ブラック・モスリムとしても知られる)ネイション・オブ・イスラムのルイス・ファラカーンは、その「メダル・オブ・フリーダム」の受賞式でのエピソードを語る。ファラカーンは「良かったね」と声を掛けると、アリは「まあね。でも俺は(彼らにとっては)まだニ○ーさ」と言った。

ケンタッキー州ルイビルで生まれ育ったカシアス・クレイ。普通のクリスチャン一家であった。1960年にローマで行われたオリンピックに出場し金メダルを獲得。1961年に道端でネイション・オブ・イスラム(以下NOI)のアブドゥール・ラーマン・モハメドが機関紙「モハメド・スピーク」を売っている所に出会い、NOIを知る。マルコムXや指導者のイライジャ・モハメドに会い、ますますのめりこむ。シカゴの本部のモスクに訪れた時、まだ名前はカシアス・クレイであった。「20歳になる前に俺は世界チャンピオンになるから、今のうちにサインを貰っておけ!」と子供たちにいつものようにリップサービスするクレイ。しかし一人の少女は違った。「まだ奴隷名を使っている人のサインなんて要らないわ!」と返す。その少女は後にアリの妻となる。名前はプロモーターからのプレッシャーもあり、中々変える事が出来なかった。しかしソニー・リストンとの世紀の一戦後に、名前を変えた。そしてマルコムXの暗殺の日には、アリの家も放火にあった。NOIのトラブルに巻き込まれていく。そして、ベトナム戦争が激化していく中で、モハメド・アリは徴兵の可能性が非常に高い「A1」となった。「なぜ?俺が??」と繰り返すアリ。そして有名な「べトコンは俺の事を○ガー呼ばわりしない。なんでそんなやつらを殺さねばならぬのか?」と発言。論争となる。そして正式に徴兵され、アリも正式に拒否。聴衆の際に「クレイさん」と呼ばれるが、アリは「クレイではない、私はモハメド・アリだ」と、クレイと呼ばれる度に主張。そして「(徴兵拒否について)謝る事はない」と答えた。そんな発言は、アメリカの保守的の片鱗に触れた。チャンピオンを剥奪され、アメリカでは試合出来なくなってしまう。それでも食べていかないといけないので、大学を回りスピーチをしたり、ブロードウェイに出て(映像あり!)食いつないでいく。しかし、アリが憧れていたジョー・ルイスは徴兵拒否についてサポートしてくれる訳ではなく、逆の立場としてインタビューを受けている。ジョー・ルイスやジャッキー・ロビンソンという先駆者は徴兵を受けている。アリもそうすべきだと保守的の人々は思っていた。FBIには目を付けられたりと、散々な日々を過ごしたアリ。しかし、同じくベトナム戦争に反対していたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は違った。アリの行為を褒めたのだった。そして最高裁はアリの徴兵拒否を宗教上の理由でという事で認めた。ただし、アリに対して特別に。でないと、他に徴兵された人々にも認めなくてはならなかったからだ。そして、アリはその後も伝説を奇跡と歴史を刻み続けている。

と、最高でしょ?弟のルディもインタビューに答えていて、大変だった時期の事を語る時には涙がこぼれていた。あの涙見て、ああ本当に大変だったんだなーって思い知らされました。でもアリは泣き言なんて言わなかった。やっぱり最高にかっこいい人なんだなーって、どうしたって感じてしまうんですわ!アリ!アリ!アリ!

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(4.75点/5点満点中:4/16/14:TV放映にて鑑賞)