And our sacred bonds?
タイトルの『Lingui』とは、チャドの言葉で「絆」や「連携」を意味しており、英語の副題で「The Sacred Bond」、「神聖なる絆」とつけられている。そう今回の作品は、『Abouna / 僕らの父さん (2002)』などが日本でも公開されているチャド出身マハトマ・サレー=ハルーン監督の新作だ。ツイッターでは先走って「私の好きな映画監督の3本の指に絶対に入る」と書いてしまったが、正しくは「私の好きな現役映画監督の3本の指に絶対に入る」監督。サレー=ハルーン監督作品は、いつもカンヌ映画祭やベネチア国際映画祭と言った大きな国際映画祭で上映されているが、今回もカンヌ映画祭のコンペに出展。残念ながら受賞は逃したようだが、監督らしい作品である。そしていつものように、というかサレー=ハルーン監督作品には欠かせない名優ユースフ・ジャオロも出演。国際映画祭で賞も受賞した『A Screaming Man / 終わりなき叫び (2010)』では主演だったが、今回は助演。
チャドの首都ン’ジャメナで汗をかきながら使えなくなった車のタイヤから針金を取り出し、それで籠を作って売っているアミーナ(Achouackh Abakar Souleymane)。誇りに思っているので安売りなどしない。家に帰ってくると塞ぎ込んで反抗的な15歳の娘マリア(Rihane Khalil Alio)が戻っていた。親しみを込めてマミータと呼んでいるが、娘はそれも気に食わない。アミーナは、シングルマザーとしてこのマミータを1人で育ててきたが、シングルマザーというだけで「軽い女だ」などと陰口も言われてきた。最近は、モスリムのグループ「イマンの組」に所属し、同じグループにいるブラヒム(ユースフ・ジャオロ)にプロポーズもされていた。が、娘の秘密を知ったアミーナは、色々な環境が壊れはじめていく...
母と娘の物語。プロットを読んでもらって、どうせ「母は強し!」とか「母親の愛情強し!」という物語なんでしょと思ったかもだが、そういう単純なものでは決してない。英語の副題「The Sacred Bond」が示すように、本作では宗教というのも大きく関わってくる。あと、国や宗教が引き起こすステレオタイプや抑圧、そして法律、環境、しきたり、階級、貧困、性差別... 色々な物が複雑に絡みあって起こる問題。この作品のメインテーマを書いてしまうと、ネタバレになってしまうので書けず、核心に触れることができずに今とても難しいのだが、確実に書けることは、サレー=ハルーン監督は、本作で触れた問題点を全て優しく包みこんでくれる。私自身はキング牧師フォロワーなのでアミーナと同じ結論に達することはないが、その気持ちは正直十分すぎるほど分かる。そしてタイトルの「神聖なる絆」は、母と娘だけでなく、一度は壊れた姉と妹のことでもある。こちらの結末はユーモアに富んでいてスッキリする。女たちの団結という点で、サレー=ハルーン監督の先駆者となるセネガル出身のウスマン・センベーヌ遺作『Moolaade / 母たちの村 (2004)』を思い出す。
サレー=ハルーン監督の何が特別に好きかというと、その美しい色使い。格別である。『僕らの父さん』や『Daratt / 日本未公開 (2006)』は特に美しかった。今回も健在である。
そして女性が主役の映画に多い男性が悪い人ばかりという訳でも決してない。悪い人は確かにいるが、何の見返りもなく助けてくれるのも男性。しかもその1人が障がい者だったりする。センベーヌ作品でもそうだったが、ごく当たり前に存在し、そして出来ることで他の人を救済したりする。そして同じ女性として咎めたりすることだってある。人によっては安直と言うかもしれないが、国や宗教が複雑に絡み合う今の世界情勢を知れば知る程、一般の人がどう思い行動するかを単純に描いた物語に心が救われる。人を区別するのは簡単であるが、サレー=ハルーン監督は区別を排除して、全てを優しくそして美しい色彩で包み込み、何が人にとっての美徳であるかを気付かせてくれる。
(5点満点)
Lingui / 日本未公開 (2021)