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Hale County This Morning, This Evening / 日本未公開 (2018) 1678本目

住民にしか分からない何かを伝える美しさ『Hale County This Morning, This Evening』

2019年アカデミー賞にノミネートされたドキュメンタリー。この映画の監督ラメル・ロスは、アラバマ州へイル郡で写真とバスケットを教える為に引っ越したのを機に、そこでカメラに収めることにした。実は、この監督、あの大学バスケの名門ジョージタウン大でバスケ奨学金でやっていたくらいの人物。ジョージタウン大のバスケといえば、パトリック・ユーイングアレン・アイバーソンアロンゾ・モーニングという大物選手ばかりを輩出していたところで、彼らのコーチであるジョン・トンプソンは黒人コーチとして初の大学バスケチャンピオンとなった伝説の人である。多分、ラメル・ロスがジョージタウン大でプレーしていた頃はトンプソンの息子ジョン・トンプソン3世がコーチの頃だと思う。でもロスが大学2年の頃から怪我が多くなり、NBAには行けないと悟り、社会と国語(アメリカ文学)や政治を大学で学び、何気なく撮っていた写真がESPN(スポーツチャンネル)に認められ、それで写真を真剣に学ぶようになったという、人生何転もしてたどり着いた写真というか映画でアカデミー賞候補ともなった、このドキュメンタリーを!(バスケ好きだから前置き長くなってゴメン。バスケ好きならこの凄さ分かってくれる筈!)

2009年、監督ラメル・ロスはアラバマ州に引っ越した。写真とバスケットボールを教える為。へイル郡という、アラバマ大学があるタスカルーサ近くである。そこで、ロスはカメラを回し続けた。

としか説明できない位、このドキュメンタリーにはテーマがない。普通のドキュメンタリーなら、キング牧師の人生を振り返ってみましょうとか、アメリカの大統領の歴史を追いましょうとか、アメリカの日系人の歴史でも紐解いていきましょう...など、様々な大きなテーマっていうものがあるのが普通。でも、このドキュメンタリーにはそれがない。ただただ淡々とアラバマ州へイル郡でカメラを回すだけ。カメラに向かって話す人もいなければ、インタビューに答える人もいない。とても斬新なドキュメンタリーなのだ。でも一応、何人かは数回に渡ってカメラに登場してくる。この地域では殆どの人(黒人住民)は、キャットフィッシュ(なまず)の会社で働いている。恐らく、キャットフィッシュを加工というか、皮とか内臓とかを取り除いてフィレや唐揚げ用に切る作業の工場。そこで働いている30代位の女性の話。話は仕事での愚痴というかなのだけど、南部の人たちが呼んでいる「カントリー・マウス」だった。訛りとかも違う、南部の人々独特の言い回しとか間とか。若い20代位の男性が話していたのは凄く素敵だった。『銃なき世界』という映画を作ればいいのにと。「銃がない世界っていうのを俺たちは一度体験してみればいいんだ」と語っていた。話が素敵なんだけど、妄想のその映画は子供ぽくて可愛い。かと思えば、子供がただただ走る映像に、警官に止められた時の映像、そして夜道に鹿が登場してしまい動けずに立ち往生する映像...何気ない映像ばかりである。しかもその映像が、さすが写真家という感じで美しい。写真家から映画監督への転身といえば、『Shaft / 黒いジャガー (1971)』のゴードン・パークスが有名だが、彼と同じく色が鮮やかで光の使い方が上手い。最近で言えば写真家ではないが『Moonlight / ムーンライト (2016)』のバリー・ジェンキンス作品を思わせる映像の美しさだ。

タイトルのカウンティを「郡」と訳してみたが、アメリカのカウンティは日本とは違って住所には載らないので、州外の人は知らないことが多い。アメリカには州があり街がある。それで充分に通用し、それで郵便が届く。へイル・カウンティと聞いて場所がピンとくるのは、恐らくアラバマ住民の一部であろう。でもアメリカで生活していると、割りとカウンティは存在感がある。私が住んでいる所ならば、車の運転免許や税金に選挙などがカウンティごとの管轄であり、竜巻などの注意報もカウンティごとに注意報が出る。このドキュメンタリーはそんな風に住んでいる人にしか見えてこない淡々とした何気ないアラバマの暮らしを美しくも正しく伝えてくる記録映像だ。

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