公民権運動の波が押し寄せていた1961年に、数学者キャサリン・ジョンソンとエンジニアのメアリー・ジャクソンと2人を支えたドロシー・ヴォーンの3人の女性がNASAで働いていた。そんな3人の活躍を『The Help / ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜 (2011)』調に誰にでも分かりやすく描いたのが、SAG賞(スクリーン・アクターズ協会賞)の大賞に輝いた『Hidden Figures / ドリーム (2016)』。映画で描かれように、公民権運動の波は押し寄せていたが、3人はまだ隔離された場所で働いており、トイレに行くのも大変だった程。しかし3人の才能と活躍は徐々に信頼を得て、NASAの中にもあった偏見の壁を少しずつ壊していく。ノーベル平和賞を受賞したキング牧師は教科書に載るが、この3人のような女性たちは教科書には載らない。でも沢山の映画には残っているので、そんな教科書には載らない偉人達が描かれたドキュメンタリーではなくドラマ化されたあまり有名でないが佳作である作品を中心に紹介していきたい。
この『Hidden Figures』の主演タラジ・P・ヘンソンの曾祖伯?叔?父(タラジのひいひいおじいちゃんの兄弟)であるマシュー・ヘンソン。北極点に一番最初に到達したと言われているロバート・ピアリーの助手でナビゲーターだった探検家だ。ロバート・ピアリーの物語を教科書で読んだ記憶はあるが、ヘンソンの事は読んだ記憶はない。そんなマシュー・ヘンソンの半生は『Glory & Honor / 栄光への道/北極を目指した男たち (1998) (TV)』というテレビ映画になっている。主演は『クルックリン』のデルロイ・リンドー。監督は子役で活躍し、その後映画監督になったケビン・フックス。リンドーはこの映画でゴールデン・サテライト賞を受賞。北極点まで誰が先にたどり着くかで過激なレースとなり、如何に過酷な道のりだったかを伝える作品だ。
ヘンソンと同じく偉大な功績を残した白人の手助けをしたのが、ヴィヴィアン・トーマス医師。青色児症候群という病気の治療法を見出したアルフレッド・バラロックの助手がトーマス。しかし彼もまた1930年代という時代故に、黒人医師ではどうにもならずもがき苦しんだ人物。そんなトーマスとバラロックの関係と功績を描いたのが『Something the Lord Made / 奇蹟の手/ボルチモアの友情 (2004) (TV)』。こちらもテレビ映画で、トーマス役にモス・デフ(ヤシン・ベイ)、バラロック役に故アラン・リックマン。モス・デフはエミー賞とゴールデン・グローブ賞の両方でノミネート。
同じく医学の道を描いた作品で、『Miss Evers' Boys / ミス・エバーズ・ボーイズ〜黒人看護婦の苦悩 (1997) (TV)』が非常に興味深い作品だ。「タスキーギ実験」と呼ばれる実際にあった話とその問題に立ち向かった1人の看護婦が描かれている。タスキーギ実験とは、アメリカ政府は梅毒にはペニシリンが効くと知りながら、アラバマ州タスキーギに住む黒人たちの治療を行わず、そのまま観察として人体実験されていた事である。こちらの作品もテレビ映画で、主演のアルフレ・ウッダードがゴールデン・グローブ賞とエミー賞の両方で受賞、共演のローレンス・フィッシュバーン&オッバ・ババトゥンデ&オシー・デイビスがエミー賞でノミネートしている。
そして教科書に載っていない偉人と言えば、ナット・ターナーであろう。奴隷解放宣言前に奴隷反乱を起こした人物。ネイト・パーカーが渾身の『The Birth of a Nation / バース・オブ・ネイション (2016)』を作り上げ、サンダンス映画祭では大賞と観客賞の両方をW受賞したが、大学時代のスキャンダルが発覚し、オスカーも日本公開の道も閉ざされてしまった作品だ。素晴らしい作品なので、その器の小ささが残念で仕方ない。またナット・ターナーの勇気ある歴史が封印されてしまった。
偉大なブルースミュージシャンであるレッドベリーを描いた『Leadbelly / 日本未公開 (1976)』。『黒いジャガー』などで知られるゴードン・パークス監督作品。彼が遺した素晴らしい楽曲が、ドラマチックな物語と共に楽しめる音楽自伝の醍醐味がたっぷりと味わえる作品。
キング牧師がモントゴメリー・バスボイコットの時に牧師としていたのがアラバマ州のデクスター・アベニュー教会。そのキング牧師の前にデクスター・アベニュー教会で牧師をしていたのがヴァーノン・ジョンズ。そのジョンズもキング牧師のように教科書には載らないが、差別と闘っていた。そんな彼の闘いを描いたのが『The Vernon Johns Story / 怒りを我らに (1994) (TV)』。日本では確かNHKで放送したと思う。何て面白い映画なのだ!と見た時の事を今でも覚えている。
と、ここまでが、公民権運動以前を描いた作品。これ以降は公民権運動中か公民権運動以降を描いた作品。
事実にちょっと脚色が加えられているが、60年代の公民権運動時にKKKのリンチなどに自衛する為の武装集団「Deacons for Defence」を組んだ事が描かれている作品が『Deacons for Defense / 日本未公開 (2003)』。南部の人々の「もう十分だ!」という怒りを感じる作品。テレビ映画で、監督は俳優もするビル・デューク。主演のフォレスト・ウィッテカーがSAG賞にノミネートされた。オシー・デイビスやポール・ベンジャミンなど、ベテランの名優たちの演技が泣ける作品でもある。
キング牧師も献身的に活動したシカゴで、黒人の子供たちがまともな教育を受けていない事に憤りを感じ、ならば理想の学校を自らの手で!と、自分の学校を作り上げてしまった肝っ玉先生マーヴァ・コリンズを描いた『The Marva Collins Story / マーヴァ・コリンズ ストーリー (1981) (TV)』。コリンズの何事にも屈しない態度には勇気が貰える。主演のシシリー・タイソンがエミー賞にノミネート。献身的な夫役にはモーガン・フリーマン。
今でも差別的だと度々批判されるのが、NASCAR。そんなNASCARで60年代から車を走らせ、優勝までしたのがウェンデル・スコット。その半生が描かれたのが『Greased Lightning / 日本未公開 (1977)』。なんとコメディの巨人リチャード・プライヤーがスコットを演じ、妻役にはパム・グリア。2人はこの映画の共演がきっかけで交際にまで発展している(ま、そのトリビアは省略でもいいっすかね?)。プライヤーらしい軽快さが、暗くなりがちな自伝映画らしくなくて、スピード感もあって見やすい、そして楽しい自伝映画になっているのが特徴的。
以上、私が選んだ「教科書には載っていないが映画にはなっているけど映画もあまり有名じゃない有名人&偉人シリーズ」でした。まだまだ埋もれている作品は沢山あります。って、肝心の『Hidden Figures』の感想は?とお思いになる方もいるでしょう... 肝心な事を触れていないという事は、まあお察しくださ... いやせっかくだから正直書くと、ここに挙げた作品の方が優れているかなーと思う作品もある。でもテレビ映画だったり、時期が早かっただけの作品もある。『Hidden Figures』はずっとハリウッドで続く白人監督による黒人映画であって、80年代作られたり、90年代にテレビ映画として作られたら、もしかしたらここまで評価されたのかな?とは思ってしまう。だからこそこの題材で書こうと思った。そして、別に白人監督が悪いと書いている訳でもないのであしからず。上で挙げた作品でも『ミス・エバーズ・ボーイズ』や『奇蹟の手/ボルチモアの友情』は両方ともにジョセフ・サージェントという白人監督。『Hidden Figures』は、黒人女性の活躍が期待され、そしてそれらを見せるのに丁度良い俳優達がいる、実に良いタイミングで作られた作品なのだ。学校の教室で流すのに丁度いい作品。女性たちが勇気を貰うのに丁度いい作品。全てにおいて、丁度いいのだ!
Hidden Figures / ドリーム (2016)(1520本目:4.25点)