何気に借りて、何気に観たのですが、超最高でした!アフリカ映画の1作なのですが、なんとアンゴラから。アフリカ映画というと、昔はセネガル、今は南アフリカとナイジェリアが主流。アフリカは植民地とされていた国からの影響が強い。アンゴラはポルトガルの植民地だった。その時代から映画制作の機関はあったみたいだけど、ニュースリール等が主。まあやっぱりセネガルのように、映画産業が盛んなフランスとはポルトガルも違うのもあって、アンゴラ産映画は中々難しかったんでしょうね。更には、アンゴラは世界的に映画が急成長する1970年代から2003年までずっと内戦で苦しんできた。その内戦直後に作られたのが、この作品。アンゴラ出身の女性監督による、それはそれは貴重で珍しい作品っていう訳です。これが驚きの作品でしたよ!
1991年、迷彩を羽織った軍人が多く乗る飛行機に、同じように沢山の子供が尼僧と共に乗っていた。飛行機が到着した場所は、アンゴラの首都ルアンダ。尼僧に導かれ、バスに乗り込む子供達。しかしそこから1人の男の子(ロルダン・ピント・ジョアン)が上手いこと脱走する。町に辿りつく少年。当てなど無い。夜に疲れ果てて、ベンチで寝てしまう。しかし夜中には外出禁止令が出ているので、軍人が見回っているのだ。休む暇もなく、また歩き始める少年。海にたどり着く。そこでテントを発見。中には誰も居なかったので、その中で寝てしまう。朝になるとそのテントの住人と思われるおじさんが食事を作っていた。おじさんは、激しく問うわけでもなく、少年にどうしたのだ?と聞くと、「名前はン’ダラ。12歳。ビエから尼僧に連れてこられた。両親が殺されたんだ。でもビエに戻りたい。そしてお腹空いた!」と素直に話した。おじさんは、作っていた物をン’ダラに渡す。尼僧は、ラジオを通じてン’ダラの消息の情報を求めていた。また町を彷徨うン’ダラ。とあるアパートで、ンガンガ(ドミンゴス・フェルナンデス・フォンシカ)と出会う。最初は盗人かと思われたが、また素直に顛末を話すン’ダラ。ならば俺が世話するよ!と、映画に連れていったり、知り合いの女性にン’ダラの世話を頼んだりした。ンガンガも両親を亡くし、今住んでいるゴッドマザーと呼ばれる女性の所で世話になっていた。世話というか、殆ど召使のようだったが... ンガンガの心のよりどころは学校での演劇であった。ンガンガという名前は、今練習している劇の役名で、本当はゼ’であった。シネマ・アーティストになるのがゼ’の夢。そしてン’ダラは、ゼ’に紹介されたメカニックの男ジョカ(ラウル・ロザリオ)に憧れるのであった。しかしジョカの本当の姿が、ン’ダラを陥れていくのであった...
もうね、最後は胸が締め付けられる。映画を観て、最後にここまで放心状態になった事は無いわーという位、ラストは辛い。最後、ン’ダラの引き金になったのが、やっぱり長く続いた内戦の為なんだよね。両親が目の前で殺されたトラウマ。でも、ン’ダラもまだまだ少年で子供なので、殺されて星になった両親の話しを尼僧から聞いて、「そこに僕も行きたい、でもここの空じゃないんだ、故郷ビエの空なんだ!」なんていうシーンは、涙ボロボロですよ。このシーンと少年2人が映画を見ているシーンは、本当に目が純粋でキラキラしていてね。このン’ダラを演じた少年がこれまた良い感じのサイズだから余計に切ない!そして兄貴分的なゼ’がこれまた良いお兄ちゃんでね。物凄い優しいんだけど、タバコとかビールとか覗きとか教えちゃうの。世話になっているオバサンはただコキ使うだけで、しかもギャーギャーうるさい!かなり可哀想な境遇のゼ’は、話しを聞いただけでン’ダラを理解して兄貴分になってしまうのが最高でした。彼もまた内戦の被害者。でも希望がある。ゼ’が大きな夢を持って邁進しているのが、観客の心の救いどころ。
あと、大した事じゃないんだけど、ン’ダラとゼ’が映画を見に行く時に、ン’ダラが持っていたバックとワイヤーで作ったン’ダラ製のオモチャを置いていけと言うシーンがあって、ン’ダラは手放したくなかったけど、ゼ’に無理矢理置いて行かれてしまうシーンがあって、あーあれ絶対に盗まれるわーと思ったら、次の朝ちゃんとあったのが嬉しかった。
冒頭のタイトルとかクレジットの出し方とかもお洒落だし、ラストでン’ダラを追い詰めていく描写もカッコいい。あのアパートの空洞感がいいね。映像の素晴らしさ&面白さもあった。
少年たちの青春に、アンゴラが抱える戦争の爪あと、そしてどこにでもある搾取する者とされる者... アフリカなんて興味ないし、アンゴラってどこ?っていう人にこそ見てもらいたい人間ドラマ。知って放心するといい!!
(5点満点:10/10/14:DVDにて鑑賞)