先日キング牧師が暗殺されてから40年経ったという話を書きましたが、そのキング牧師が暗殺されたのがメンフィス。その当時のキング牧師は「Poor People's Campaign(貧しい人々の為の運動)」の真っ最中で忙しい日々を送っていた。でも、メンフィスのごみ収集人の黒人2人が雨が降っているのにも関わらず、黒人だからという理由だけで収集人が集まる休憩所に入れてもらえなかった。仕方なく2人はごみ収集車のごみを投げ込む部分で雨宿りをしていたが、雨でショートして勝手に動いてしまい2人が亡くなるという事故が起きた。それを聞いたキング牧師はスケジュールを無理してメンフィスに向かった。しかしキング牧師を呼んだメンフィス側の用意も出来てなかったので、マーチは混乱しキング牧師を押す人たちまで現れた(映画「King」ではそれがFBIが仕組んだ事との見解)。しかし、メンフィスのごみ収集人たちの差別をなくして職場を改善したかったキング牧師は、マーチを別の日に組みなおす事を提案していた。そんな状況下で、キング牧師は暗殺されてしまった...
そして40年経った今のメンフィスのごみ収集人たちの状況を伝えるニュースが多かった。
http://www.chron.com/disp/story.mpl/nation/5670303.html
上の記事に載っている76歳になるエルモア・ニッケルベリーは、当時も今も同じごみ収集人をしている生きた歴史である。68年当時から今でも働いている人々は約30人居るが、ニッケルベリーが一番年上である。68年当時にはキング牧師と共にマーチをした。その当時を振り返ってニッケルベリーが語る。「あの時、催涙ガスが腕に当たって怪我したんだ」
キング牧師の暗殺から12日経った日に、町はごみ収集人達の組合設立を認めた。組合は多くの事を改革していき、68年当時は清掃人として働く人々の殆どが黒人だったのにも関わらず、白人のスーパーバイザーが95%を占めていたが、今では10%程になった。
ニッケルベリーは最後に「キング牧師が来た時、これから良くなるんだっていう希望を与えてくれたんだ」と話している。
そのニッケルベリーの息子も同じ場所でチーフクルーとして働いている。それは組合が無かった以前では黒人としてありえなかった地位らしい。
キング牧師の残した物は個々に生き続けている。