先日アメリカで放送されたテレビ映画『Dirty Dancing (2017)』について本来書くつもりだったし、何よりもここには相応しくない映画だ。だけど、書く。私はこの映画が大好きだった。そしてこの映画が大好きな部分こそ、先日放送されたそのテレビ映画に欠けていた部分だったのだ。常々、作品の悪い所も指摘してきてはいるが、あの作品には関してはネガティブばかりになってしまう。それは避けたい。なぜ見たのかは、大好きなビリー・ディ・ウィリアムスが出ていたからだ。オリジナルでも黒人が演じていたあの避暑地の宿泊施設でバンド・リーダーのティト役である。彼を見たいが為に見て泣いた。こんな涙は初めてだった。「酷いリメイク作品を観た」と夫に話しているうちに、なんだか悔しくなって涙がポロポロと出てきた。と、同時にオリジナル好きだったんだなーという事も思い出してきて、泣けた。実話である。夫が目撃者だ。
この映画が公開された頃、私は多感な時期で映画に夢中になっていた。とはいえ、まだ子供だったので、映画館に1人で行く勇気はなく、確かビデオで見た。主人公ベイビーを演じたジェニファー・グレイが好きだった。『フェリスはある朝突然に』の生意気な妹役が最高に可愛かった。でもパトリック・スウェイジは子供だった私には大人セクシー過ぎて、私には無理だった。この映画で一瞬にそれは変わった。所謂「S系」という言葉が流行る前の元祖S系王子がこの映画でパトリック・スウェイジが演じたジョニーだったと思う。最初は割りと冷たい。そして目でベイビーを煽る。そしてラストのジョニーの台詞ですよ。ベイビーに手を差し出すあの姿は正に王子様。これに影響されない10代の女子は居ない。私にもいつかジョニーみたいな王子様が現れる!そう憧れたものです。
夏の避暑地で起こった事。私世代の日本の...とりわけ関東の高校生だと、友達と新島で『グローイング・アップ』(は、本当はあまりない)というのが、夏の定番。なので、家族と共に避暑地で長い事過ごすというのが、まず新鮮だった。そして、そこで楽しむ者と楽しませる者というヒエラルキーがハッキリしているのもアメリカらしい。舞台を60年代にした事で、流れる音楽がオールディーズの名曲揃い。それに合わせて踊るダンサーたちの上手さ。
やっぱりこの映画の醍醐味はダンス。あどけなさがだいぶ残っていてちょっとだけ生意気なベイビーが、ジョニーによって大人へと変化していく様。それを見事にダンスで表現していたのが好きだった。最初はだいぶドンくさい固い踊りだったベイビーが、最後は決める。カッコいい。特に最後のダンスは、ベイビーが大人になった事を示す意味でも、そのダンスの上手さが重要だ。でもベイビーのお姉ちゃんの方は良く分からない歌に踊りと相変わらずダサくて逆にベイビーの成長を引き立ててくれて最高だった。あの妙な姉妹のアンバランスがこの映画の肝だった。
っていうのがね、リメイクTV映画には全くなかった!ここで書いた事の全て逆がリメイク作品。お姉ちゃんのエピソードにはお気軽主義な人種問題とか絡めてくるし、ベイビーは最初から意思強そうだし、お父さんやお母さんのセックスレスとかどーーーでもいいわ!私の青春、よくもまあここまで汚してくれましたね。オリジナルにそれなりの思い入れが無いなら作らないで欲しかった。
夫が私の涙を見て言いました。「そりゃそうだろ!もうパトリック・スウェイジは居ないんだ。彼亡き後、あの映画をリメイクするのは無謀だ」と。私の脳内に「She's Like the Wind」が流れた。じょ、ジョニー...
(涙の5点満点:おまけ)