オーガスト・ウィルソン。1945年ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれ育ち、2005年に享年60歳にて他界した舞台の劇作家。生まれた時の名前はフレデリック・オーガスト・キッテル・ジュニア。ドイツからの移民の父とアフリカ系アメリカ人の母の間で生まれ、父は家に帰ってこなかったので母が1人でオーガストやオーガストの兄弟を育てた。母は父と離婚し、その後に再婚。その再婚相手が『Fences / フェンス (2016)』でデンゼル・ワシントンが演じたトロイ・マクソンのモデル。再婚相手はフットボール(劇・映画では野球)の才能があり大学で奨学金が貰える程だったが、黒人だった為に拒否された経緯がある。新しい養父との関係は余り良くなかった。小さい頃から黒人差別に憤りを感じていて、図書館でラルフ・エリソンやリチャード・ライトやラングストン・ヒューズやアーナ・ボンタンなどの黒人文学を読み漁り、彼らの言葉のパワーに圧倒され、作家を目指す。しかし16歳で学校を退学し、その後はアメリカ陸軍やピッツバーグの鉄鋼産業に携わったりしている。20歳の時に実の父が亡くなり、その頃に自分のミドルネームのオーガストと、母の旧姓ウィルソンから、「オーガスト・ウィルソン」が誕生した。そしてこの頃にタイプライターを購入。23歳の頃に地元の友人で詩人・劇作家のロブ・ペニーと共に「ブラック・ホライズン劇団」を設立。
と、余り恵まれた環境ではなかった。秀才タイプでもなく、大学で一生懸命勉強したタイプではない。けれど、彼が生涯に輝いた賞は、あのピューリッツア賞やトニー賞をはじめ30以上にも上る。晩年には地元のピッツバーグ大学から名誉学位である名誉人文科学博士まで授与されている。
黒人文学・黒人映画・黒人劇ともに、その作品の思想は主に二つに分かれる。白人社会との「分離」か「融合」か?ウィルソンは「分離」派である。実際にピューリッツア賞にまで輝いた『Fences』の映画化は昔から切望され、実際に何度も映画化の話題が上ったが、ウィルソンは「私の作品は白人には描けない。白人監督はお断り!」と頑なに拒んだ。しかし一方で映画化に向け、自ら脚本を執筆までしている。ウィルソンが生前に映画化された『The Piano Lesson / 日本未公開 (1995)』も自ら脚本を書きプロデュースしている。そしてもちろん監督は有名な黒人舞台監督ロイド・リチャーズが担当している。テレビ映画だったので、オスカーは無理だが、ゴールデン・グローブ賞やエミー賞などで一定の評価を受け、ウィルソンの拘りと信念は認められた。
オーガスト・ウィルソンが書いた劇作には、1900-1990まで10年ごとにピッツバーグを舞台に描いた「ピッツバーグ・サイクル」と呼ばれている作品が有名だ。その1作が『Fences』であり、ウィルソンの作品の中でも一番有名で、そして一番賞に輝いている賞だ。ブロードウェイでは、ロイド・リチャーズにより1987年に初演。オリジナルキャストはジェームス・アール・ジョーンズとメアリー・アリス。ピューリッツア賞、トニー賞などで9冠を達成した作品だ。そして2010年にはケニー・レオンによりリバイバル。デンゼル・ワシントンとヴァイオラ・デイビスがキャスティングされた。ブロードウェイ以外でも、ローレンス・フィッシュバーンとアンジェラ・バセットという『What's Love Got to Do with It / TINA ティナ (1993)』のオスカーノミニーコンビで、2005年にLA郊外の劇場でシェルダン・エプスにより上演されている。と、豪華な名優の名前ばかりが出てくる。ウィルソンが書いた劇作のキャラクターたちは、名優たちが愛し演じる事を切望した。例えばジェームス・アール・ジョーンズ&デンゼル・ワシントン&ローレンス・フィッシュバーンが演じた、トロイ・マクソンというウィルソンの養父がモデルとなった男は、口は悪いし、子供の愛し方も分からないし、過去に固執していて白人のせいばかりにするし、性格も悪そうに見える。けれどトロイ・マクソンもまた父が背負った黒人の歴史の犠牲となったのだ。その負の連鎖を断ち切ろうとする事で、子供への愛を不器用ながらにも示していた。なのでトロイ・マクソンという役柄は非常に難しい役。もうその才能を証明する必要すらない名優ジョーンズ&ワシントン&フィッシュバーンの前にそびえ立つ超えてみたい頂が、トロイ・マクソンという役柄なのだ。「分離」派のウィルソンは、黒人の同胞にならこのトロイ・マクソンという人物像を理解して貰えると確信していた。実際には曲げなかったその信念は黒人以外の人々にも理解され評価された。トロイ・マクソンは負の連鎖を断ち切る事に必死だったが、トロイ・マクソンというキャラクターはジェームス・アール・ジョーンズとデンゼル・ワシントンにトニー賞の主演男優賞という一番の名誉を授け、正の連鎖が出来たのだった。
ちなみに『Fences』というタイトルには、劇中でボーノが語ったように、「フェンスは人を近づけない用途もあるが、中に居る人々を守るという用途もある」という意味がある。ウィルソンは、分離する事で自分と同胞の信念と誇りを守り続け、そして愛されたのだ。
The Theater of August Wilson, Pulitzer winning playwright now showing Jersey Boys
Fences / フェンス (2016)(1517本目:5点満点)