SOUL * BLACK MOVIE * ブラックムービー

ブラックムービー、ブラックスプロイテーションなどについて

Beasts of the Southern Wild / 日本未公開 (2012) 1064本目

これは今年一番観たかった映画!私の映画臭覚が鈍っていなかったら、絶対に面白い筈だと確信していた程。鈍ってなかったねー。サンダンス映画祭で大賞を取り、カンヌ映画祭でも様々な賞に選ばれた作品。まあそういう賞に選ばれたから凄いんじゃない。嗚咽とか号泣じゃなくって、心の底から泣いてしまった。あんな感じで泣いたのはこの映画が初めて。

ルイジアナのバイユーの架空の「バスタブ」と呼ばれている所が舞台。バスタブは、堤防によってアメリカ本土と切り離されている。そこで暮らしているのが、6歳の女の子ハッシュパピー。バスタブの大自然の中で自然と生き物には心臓があって鼓動している事を知る。お父さんのウィンクと共に暮らしている。お母さんは居ない模様。それでもハッシュパピーの記憶には、優しい母の残像が残っている。お父さんは、ハッシュパピーに厳しい。父はなぜか別のトレイラー(簡易家)に住んでいて、ハッシュパピーは一人暮らし。いつもチキンを焼いてハッシュパピーに食べさせるが、犬と共用しないといけない。ハッシュパピーが女の子でいる事をお父さんは許さない。だからお父さんはハッシュパピーの事を「お前は立派な男だ!」とかクイーンじゃなくて「キング」とか「ボス」なんていう風に呼んだりする。遊んであげる時にも腕相撲。別の男が優しくカニの食べ方を教えているようものなら、お父さんは「違う、もっと豪快に獣のように食べろ!」と怒る始末。でもそんな父がある日居なくなってしまう。そんな時、ハッシュパピーは一人でも生きていこうと逞しい。それはもちろん、それまでの厳しい父の教えがあったからこそ。学校みたいな所で、オーロックスという獣から身を守らないといけないと教わる。お父さんが戻ってきたけれど、何か変なガウンとブレスレットをつけている。我々にはそれが病院から抜け出してきたというのが分かるんだけど、ハッシュパピーには分からない。一人で置いていかれたのもあって、ハッシュパピーは相変わらず厳しい父に反発し、火事を起こす。追いかけてきた父に向かって「死んじゃえばいいのに!」と、心臓にパンチ。父は倒れてしまう。お父さんが何か変化している事を察するハッシュパピー。そしてそんな時にバスタブには大きなハリケーンがやってくる...

6歳の女の子が一人で暮らしていくという状況をどう受け入れるのか?お父さんは、それがいずれやってくる事を知っていたからこそ、娘には厳しかった。お父さんは不器用にハッシュパピーに「俺はお前の父ちゃんなんだ、お前が死なないようにするのが俺の役目」と話す。「バスタブ」で暮らすという事は、大自然雄大さと時には気まぐれとも共存している。ハリケーンで全滅したバスタブ。人間が作った堤防が、バスタブの人達の全てを奪ってしまった。それを目の辺りにしたハッシュパピーは、6歳ながら、頑固にバスタブに固執している父の気持ちと意思を理解していく。

という事で主役のハッシュパピーを演じたクヴェンザネ・ウォリスへの絶賛の声が凄い。監督は6歳から10歳位の女の子を探していた。オーディションの時、クヴェンザネは若干5歳。年齢を偽ってオーディションに挑んだのに、4000人の中から選ばれた。もし万が一オスカーにノミネートされたら、主演女優賞部門では最年少のノミネートになる!でもゴールデン・グローブ賞などでは選ばれていないのが残念。SAG賞では組合を通していない作品だった為に資格がなかったらしい。ちゃんとした演技を学んでいないので、若干9歳の彼女が受賞したらバックラッシュが起きるなんて言われているけど、彼女はハッシュパピーそのものだった。安ぽく言えば、ハッシュパピーを演じる為に生まれてきた女の子。子役が大人っぽい台詞回しをした所で、なーーーんも面白くない。このウォリスは子供が少しずつ成長していく様があまりにも自然で面白かった。計算されていない自然さがあった。お父さん役のドワイト・ヘンリーも自然。見事な娘と父親。所でこの2人、全くの演技経験がない。ヘンリーはこの映画撮影クルーがオフィスにしていたガソリンスタンドの廃墟の前で、たまたまパン屋さんをしていた料理人。今はニューオリンズに移っている。この2人がこの映画で演技している事自体が奇跡!しかもベン・ザイトリン監督も長編監督は初めて。凄い奇跡。2人は今度、スティーブ・マックイーン監督の「Twelve Years a Slave」で再び共演する。ブラット・ピット制作、キウェテル・イジョフォー主演、ミヒャエル・ファスベンダーが共演という凄い作品。

ルイジアナの架空の島が舞台だけど、ニューオリンズの事を描いている。ハリケーンなどの激しい自然に破壊しながらも、住民達は自分達の住んでいる所を好きでいる事を諦めず、文化を守ろうとする。私の大好きな批評家デビット・ウォーカーはこの映画を「不清潔好きのポルノ」と呼んでいた。確かに惨めで不清潔ではある。確かに黒人の俳優は特にこういう映画で主役となり、なぜかそういう作品に限って賞賛される。彼の指摘通りである。でもそれって西洋的な考えだからじゃないかな?この物語では、ハッシュパピーは自らそこに戻っている。戻らないという選択も出来た上である。たった6歳の子がそれを「選択」した訳じゃないと言われるかもしれないが、ちょっとクレイジーで厳しい父はそのように躾けた。だからこそこの物語は普通とは違って感動するのだ。そしてこの物語の主人公が黒人であるというのは、大きな意味があったように思えた。そういう西洋的思考への挑戦。黒人は奴隷として連れてこられ、自由を迫害され400年も経っている。その彼等が自らその地を選んで生活しているのだ。それだけで大きな意味がそこにはある。

母とは離れ離れになっているハッシュパピーの最後の父への抵抗と優しさが、母の作ったワニのフライを父に食べさせる事。やっぱり子供にとって、父と母が一緒になってくれる事を願うものである。ワニのフライでハッシュパピーはまた家族を一つにさせようとした。

この映画に対して、自分の貧相な言葉しか並べられないのがもどかしい。私は見終えてから3日位、気がつくとずっとこの映画について考えていた。なんていうか、映画ってたまにこういう事してくれるから大好きなんだよねー。こういう考えされられる映画にゾクゾクしちゃいます!!

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(5点満点:12/11/12;DVDにて鑑賞)