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ブラックムービー、ブラックスプロイテーションなどについて

Precious: Based on the Novel Push by Sapphire / プレシャス (2009) 675本目

やっと観れたー(感涙)。ずっと追ってきていたけれど、中々観れず。どうせ私の所の映画館にもやってこないかな?と...でもどうせ3月に入ったらDVDになるし!と諦めモードだったのに... 映画館にやってきた!私が多分一番ビックリしたと思う。だって友達にも1週間前に見に行かないの?と聞かれたけれど、多分映画館には来ないから、DVD待ちです!と答えたばかりなのに。と、前置きが長くなりそうなので...
観てきました。観客は意外にも白人の人たちも多かった。白人カップルとか白人の友達同士とか。きっとオスカー効果ですかね??私の斜め前には白人の私と同じような映画オタクぽい女性が一人で座ってました。その彼女と後半は涙が生んだ...チキチキ第一回鼻すすり大会を繰り広げてきました。

という訳で、一昨年の12月からずっとこの映画を追ってきた私が日本一細かい&詳しい映画批評になるように頑張ります。

このインディペンデンス(だった)小作品が注目を集めたのは、去年の1月で雪の降り積もるサンダンス映画祭だった。始まった時にはまだ「Black Dynamite / 日本未公開 (2009)」や「Brooklyn's Finest / クロッシング (2009)」の話題が多かったが、実際にコンペティションで争ったのはこの映画のみで、そのコンペティションでなんと大賞と観客賞を獲得。更には助演女優のモニークが演技部門の特別賞を獲得。一気に注目を集めるようになりました。ところで、あたかもオプラ・ウィンフリーとタイラー・ペリーが最初から製作に関わっていたかのように、この映画の事を書く人もいますが...それは間違い。彼等はエクゼクティブ・プロデューサーという肩書きを持ってますが、このサンダンス映画祭で大賞を取ってから、宣伝部長的な役割で関わっているので製作には全く関係なし。なのでもし「やっぱりオプラ・ウィンフリーとかタイラー・ペリー作品らしいさが...」とか書いている批評家が居たら勘違いしているので無視してあげてください。オプラとペリーは共にこの映画の主人公と同じように虐待されていた過去もあって、彼等は自分達の知名度がこの映画の宣伝になれば...と参加しているだけです。でも2人が参加したお陰で、ライオンゲートというタイラー・ペリーの映画を長年配給している会社がこの映画配給権利を買ったという経緯もあります。

この映画を正しく理解するには監督のリー・ダニエルズについて知る必要があると思う。2001年にハリ・ベリーにオスカーの主演女優賞をもたらした「Monster's Ball / チョコレート (2001)」にてセンセーショナルにプロデューサーとしてデビュー。この時期には既に黒人のプロデューサーは少なくないものの、大抵は俳優や有名人がプロデューサーとして名を連ねているだけで、映画を実際にプロデュースする黒人プロデューサーは少なく、しかもオスカーで評価されるような映画の黒人プロデューサーはごく少数だった。映画ファンがこの映画プロデューサーのリー・ダニエルズの写真を見た時、いかにも芸術家的でエキセントリックな髪型をしたダニエルズに興味を示した。そして「フットルース」ではアイドル俳優だったが、近頃は見事に実力派俳優となったケビン・ベーコンを主役に迎えて製作したのが「The Woodsman / 日本未公開 (2004)」。こちらはインディペンデンス系のアワードで人気だった。そして満を持して監督デビューしたのが「Shadowboxer / サイレンサー (2006)」という作品。そしてまた「Tennessee / 日本未公開 (2008)」という作品を制作。と、全てのリー・ダニエルズ作品を見てきた私は思う。この「プレシャス」という作品はリー・ダニエルズの集大成なのだ。「チョコレート」から始まった彼の映画人生は、常に映画の中で「虐待」や「家庭崩壊」というテーマと戦ってきたように思う。「チョコレート」では息子の愛し方を知らない父親、そして子供の肥満をまともに直面できてない母親。そして「The Woodsman」では幼児に性的虐待を繰り返していた男の物語。「サイレンサー」では屈折した親子関係を描き、「Tennessee」では虐待されていた息子と偶然に出会うのが夫に虐待されていた女。思えば、リー・ダニエルズ自身も虐待の被害者だった。そんな彼が作る作品はいつも重くて暗いテーマだが、最後は明るい未来を伝えているように感じる。この映画もそう。この映画は原作同様に、これでもか!という位に主人公が悲劇に見舞われるが、同じ人間が主人公を救っていく姿が良い。それも一人じゃない多くの人々。また原作にはなかったレニー・クラビッツが演じた看護士役が、この作品を見た観客を人間嫌いになる事から救ってくれる。人間が人間を救う姿は、今、ダニエルズが映画プロデューサー・監督として成功している姿や経験が反映されているよう。

この映画で残酷までに描かれていたのが、父親からの性的虐待と、母親からの肉体的虐待。こんな醜い世界が日本にもあるようで、多くの悲しい事件を毎日のようにニュースで聞く。この映画はもはやもう「遠いアメリカの事」ではない。16歳に突きつけられる母親からの「誰が私を愛してくれるというのよ」という言葉。本当なら16歳の少女から発せられるだろう台詞だろうに... 子供が子供で居られない残酷さ。それでも無邪気に空想の世界を広げていく主人公プレシャスの無垢さの姿が余計に残酷である。しかし一度だけプレシャスは「私のことなんて誰も愛してくれていない」と口にする。そんな時、先生のブルー・レインはありきたりな言葉で「私は愛してるわよ」と答える。しかしプレシャスはそんな先生の言葉よりも、実際の先生の態度を見てきた事でその言葉を理解したようだ。
そして娘にとっての最後の防波堤だった筈の母親メアリーを演じたのが、今年のオスカー助演女優賞の最有力候補のモニーク。彼女も愛する男性からは裏切られ、学もない、何もない人生を送っている。全てを娘のプレシャスのせいにする事で神経を麻痺させている。失ってから気付くものは世の中に沢山ある。しかし手遅れの時だってあるのだ。しかしそんな環境の中でもプレシャスは何が大事かを知っている。そこに観客は希望が見えるでしょうね。

また「サイレンサー」時には芸術志向が強すぎて、絵の目的を失っていたけれど、今回は彼の芸術志向が上手い方向に向い研ぎ澄まされている。プレシャスが教室で黒人の活動家達の映像に囲まれるシーンは、美しいだけでなく、彼女があの場所で沢山の教育に触れている事が分かるシーンだ。原作から上手く一瞬で分かる映像へと縮めた。

それにしてもこの映画について不満を述べる著名黒人達も居る。しかし原作のサファイアは実際にソーシャルワーカーや先生として働いていた時に、この小説の主人公と同じように虐待を受けていた女の子達に出会っている。この小説のモデルは特に居ないというが、彼女はその彼等の声を小説にした。そしてリー・ダニエルズは自分の体験も踏まえて、映画にした。不満を述べる著名人達は「黒人のステレオタイプを助長する」と懸念している。しかし、その懸念がその少女達の悲痛な声を消し去ってしまう行為だ。この映画を見て、これがアメリカ黒人の世界なのか...と思う人は、それまでの人だったという事。多くの人に見てもらって、それから映画を評価して貰うべきだと、いつも私は思う。なぜなら映画はいつも自分の体験した事のない世界に引きずり込んでくれる。そして私達の観念を時には変え、時には一緒に賛同し、時には反対意見を突き出してくる。そしてこの映画を見終えた後、観客は出口に向かう時にそれぞれの意見を交わしているのに気がついたし、何となく観客全体が同じ経験をした「同士」のような一体感の空気にも包まれていたのも感じた。最初に書いたように私が見た初日の初回は白人の観客も多かったのにである。この映画で語られているテーマはもはや黒人だけの問題ではないという事。

我々の元に届けられるリー・ダニエルズの最新作の情報を聞くと、「虐待」や「家族崩壊」という彼のテーマとは違った作品を選んでいるように思える。この映画を機に、リー・ダニエルズはまた別の一歩を踏む出そうとしている。我々も彼の後に続きまた別の大きな一歩を踏む出せるのか?それはいつだって我々次第。

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(5点満点:劇場にて鑑賞)