BBCウェールズが制作したポール・ロブソンのドキュメンタリーです。ナレーターがパム・グリア嬢。私はずっとクレジットを見るまでアルフレ・ウッダードかアンジェラ・バセットかな?と思ってました。内容はコンパクトですが、中々上手くまとまっています。イギリスの作品という事で、海外から見たポール・ロブソンというスタンスが良かったです。
この作品のタイトルが、この映画で伝えたい事なんですよね。ポール・ロブソン=ソビエトに傾倒した共産主義者みたいな捉われ方をされてしまいます。たまたまだったんじゃないかなとも思いました。もし彼が最初に日本に来て暖かい歓迎を受けていたら、ひょっとしたら親日派になったかもしれない...なんて思いました。ミュージシャンとかでもこの手のエピソードは多いと思うんです(何日か前に書いたジャズミュージシャンのアート・ブレイキーもこの経験があって親日派)。コンサートで訪れた国で暖かい歓迎を受けて好きになってしまうというパターン。アメリカの黒人では多く見られる傾向です。本国では扱い悪いのに、他国では人種とか関係なく同じ人間として迎えてくれた...という事。ポール・ロブソンだって、その歓迎を受けたのが当時のソビエトだったと言う事。そしてアメリカとソビエトは長年の敵対国だから余計にバッシングを受けました。でもポール・ロブソンが初めてモスクワを訪れたのが1930年代。もし日本だったら、その後にも日本とアメリカは敵対国になっている訳だし... でもその後のロブソンの事を考えるとソビエトじゃなくって、親日派だったら良かったのかも。彼の場合はソビエトだけでなくて、イギリスやヨーロッパにも渡っているんですよね。イギリスでは勉強までしていたみたいだし。パスポートを8年間も取り上げられたりと、随分と酷い仕打ちも受けていて、命もかなり危なかったみたいですね。毎年ロブソンの誕生日にお墓に行って献花している長年の友人は、あの巨体のロブソンを私がボディガードとなるなんて思ってもみなかった...と言ってました。そのお爺さんは160センチ位で小さいんですよ。FBIは当たり前のように電話を盗聴し、手紙も開けられていたそう。そんな思いを8年間もしていたんですよ。しかも映画やラジオや劇場にも出演できなかった。その後にパスポートが戻って、ソビエトやイギリス等に滞在。戻ってきた時には1960年代。公民権運動時代でした。戻って来た空港では、記者たちに公民権運動に参加するのか?と聞かれ「私の人生ずっとそれに捧げてきていた」と答えたロブソンですが、でもキング牧師もマルコムXもポール・ロブソンとは絡みたくなかったそうです。その中で、たった一人声をかけたのがジョン・ルイス。「血の日曜日」と呼ばれるセルマからモントゴメリーの行進にも参加した若き活動家でした。彼はロブソンに会った時に「私達よりもずっと以前から私達の為に立ち上がってくださってありがとうございました」と声を掛け、その時居合わせた人の話によれば、ロブソンはその言葉に感動して涙を流したそうです。
この作品を見てから見たくなった作品があります。実は前に途中まで見たのですが... 最後まで見れず。「The Proud Valley / 日本未公開 (1940)」です。今度こそ最後まで見ます!
今だったらビヨンセとかJay-Zとかウィル・スミスとかが、アフガニスタンとか北朝鮮に行ってキム・ジョンイルやビンラディンと食事しちゃう感じです。正直、何やってるんだよーと思ってしまうと思う。でもそれでも当時はポール・ロブソンにとっての居場所がソビエトだったと言う事も事実。そのソビエトの裏の姿を知ったロブソンはかなり困惑したと思います。それが彼のあの大きな巨体を蝕んでいくんですから。背負ったものが想像以上に大きかったんでしょうね。でも何で頭の良かったロブソンがソビエトやスターリンに傾倒したのかは、謎でもあります。とは言えアメリカもアメリカで自由を叫んで赤狩りや人種差別を堂々とやっていて、よく分からない時代でもあったので、その間に居たロブソンの気持ちを思うと、切なくなるドキュメンタリーでもありました。
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(5点満点:DVDにて鑑賞)