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Heart Condition / 私の愛したゴースト (1990) 116本目

どうしても辛口になってしまうと思うので、最初に見所を羅列。でもその前にちょっと映画の説明。デンゼル・ワシントンが主演のコメディ映画です。共演しているのは、イギリス人俳優のボブ・ホスキンス。デンゼルがアカデミー賞助演男優賞を獲得した「Glory / グローリー (1989)」の次の作品がこれ。

なんと言ってもこの映画の見所は、デンゼル・ワシントンのスパッツ姿が見れる!しかも蛍光色のパツンパツンのスパッツ姿。今となってはダサいサングラス姿とか。若い頃なんで違和感無いし、どんな格好でも素敵は素敵。この頃のデンゼルがルックス的に一番脂ののったカッコ良かった時期でしたよね。ちなみにこの次の映画が「Mo' Better Blues / モ’・ベター・ブルース (1990)」だったと思う。

でもそのスパッツにされたのが嫌だったのか... この映画はエージェントの強い勧めで参加したデンゼルでしたが、その作品を取り終えた後にそのエージェントを首にしてます。そうです。デンゼルご立腹の作品です。いやファンにとっても腹立たしい作品でもあります。なぜなら差別語が酷い。デンゼルが直接「Nワード」を言われちゃうんですよ。その「Nワード」も一様意味があって後から少し効いてくるんですが、でも立派な物じゃない。ハッキリ言えば不快。差別的な主人公が、デンゼルとの関わりでそれが無くなっていくという設定なんですが、それまでの差別的な部分がかなり不快です。終わりよければ全て良し的な。いやいやそこまでダメだから、ダメでしょう...って感じです。終わりもそれでいいのかな?という終わり。なんかこんな映画なのに一生懸命演じているデンゼルを見ると切なくなって来ました。確かに今まで沢山の差別語が映画の中で使われてきましたが、ここまで救われないというのも珍しい。例えば「ポリスアカデミー」というコメディ映画の中で、差別的な男が「スペード(黒人への侮辱語)ばかりだな」と意気揚々に言った後に、体格のいい黒人男性のババ・スミスがその男に向かって不敵な笑みで肩に手を添える。その差別的な男は一気に震えあがってしまって立場が逆転する。黒人と白人という構造が壊れて、強いか強くないかという構造で対等になる。そうすると観客は笑える。その差別男の悲哀が見えるからだ。この映画は立場も何も全然関係無し。

何と言うか...「ゴースト」+バディ映画という意味で「ツインズ」とバディ映画&警官で白人・黒人コンビとしての「リーサル・ウエポン」&「48時間」+差別ジョークが笑えない酷さという意味で「ソウルマン」+80年代的摩訶不思議エキゾチックさが「ゴーストハンターズ」...とごちゃ混ぜな映画だったと思う。てっきり大ヒットした「ゴースト」の二番煎じで出来た安いハリウッド映画かと思えば、実は同じ年に作られていて、この映画の方が公開が先だった。でもゴーストは物を動かせないとか、一人にしか見えないとかそういう細かい所が一緒でビックリ。同じ設定でどうしてこうも違うんでしょう??

でもアクションとかダサいです。あれ?それだけ??みたいな。ファッションにしても、ロサンジェルスが舞台なんで、LAギア的ゆるいダサさ。蛍光色の太さ...みたいな。あの時代は何でも太かった。眉毛も靴紐も。でもその次で同じ年の「Mo' Better Blues / モ’・ベター・ブルース (1990)」とかは、今見てもそんなにダサくないですよね。この映画のダサいのはファッションやアクションだけでなくて、その平等じゃない考え方でしたね。結局黒人が犠牲になっているように見えましたね。とか書くと、差別差別とうるさい女とか言われちゃうのかしら??んじゃ、なんであんなわざとデカイ茶色の男性性器の玩具とかこの映画に居るのかしら?必要だったかしら??デンゼルの弟役が兄貴のお金を盗む設定とか必要だったかしら??ボブ・ホスキンス役の同僚達が、黒人ネタで茶化す必要なんてあったのかしら??で、なんでデンゼルだけが犠牲になって、みんなが幸せ?これが黒人じゃなくって、日本人で同じようにやられたら??いつもそう考えてしまうんです。

せっかく脂ののったカッコいいデンゼルをこんな映画じゃなくって、もっといい映画でエネルギーを使って貰いたかった。

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(2.5点/5点満点中:DVDにて鑑賞)